奏でるな、ひたすら叩けばわかるのだ…ロス・ハイバス
2007-11-10 Sat 01:53

【LOS JAIVAS / TODOS JUNTOS】(1972/1976)

中村屋の「インドチキンカレーまん」にハマっている。※1
コドモの頃から大好きだったカレー。
どんなに味覚が変化しようが、いつまでたってもカレーはウマいものだ。

そもそも日本人はカレーが好きなのだ。
キャンプといえば昔からカレーに決まっているのである。
宇宙ステーションにまでカレーライスを持ちこんで公式採用されちゃうくらいなのだ。
日本が誇る天才外科医ブラック・ジャック最大の名言は

ボンカレーはどうやって食ってもうまいのだ」である。

それくらいカレー好きな日本人のことだ。
カレーにいろいろ手を加えて食べる。

ポテトにカレー粉を混ぜて揚げるカレーコロッケ、
中華まんとカレーの幸せな出会い・カレーまん、
あげパンにカレーを包むという世紀の大発明・カレーパン、
ワイシャツに飛び散るカレーうどん。

ぶっちゃけ、カレーなら何でもいいのではないか。

ハーゲンダッツ・カレー味、
カレー・コーラ、
カレー味のパブロン鼻炎カプセル、
シートとボンネットにカレーを練り込んだレクサス。

しかし、そんな日本人も本場インドのカレーにはあまり興味を持たない方が多い。
そう。インドカレーを食うと「ん?」「ちょっと違う」のである。
日本風カレーこそが「カレー」という固定観念があるためか、スパイスの香味だけが異様に強く、逆に旨味が薄すぎると感じてしまうのだ。

しかし、だ。

インドカレーは、日本風カレーとは全く違う料理という概念でこれを食してみよう。

目から鱗だ。

香りを、スパイスを楽しんでみよう。
これが滅茶苦茶ウマいのである。
あー、考えるだけでよだれがたれる。じゅるじゅる。

我々が幼少期より刷り込みしてしまった素晴らしき日本カレー。もちろん、これはこれで大変素晴らしい!
しかし、この味・形状はおろか「カレー」という名前にいたるあらゆる諸要素が、なまじっか本場のカレーによく似すぎている
本来、両者は味わい方が本質的に全く違う別の食物なのだ。
なのに、我々は本場のインドカレーにまで、うっかり日本のカレーと同じものを期待してしまう。ここが大変な落とし穴なのだ。
このせいで「本場もん」を味わっても、「『カレー』に姿は似てるけど、何かヘン……?」というネジレ現象が起きてしまうわけだ。

ところが、一度、味覚のチャンネルをインドにあわせる方法を知ってしまうと、あまりのウマさに何度でもインド料理屋に行きたくなる。※2

もしかすると、ロス・ハイバス Los Jaivas の"TODOS JUNTOS"というアルバムがそういうものなのかもしれない。

●"TODOS JUNTOS" は、作者不明の曲 !?

フォルクローレファンなら、多くの方が一度は聴いたことがあるであろう「トドス・フントス」という曲(日本では「みんな一緒に」という邦題で知られている)。
ラテンアメリカ、特にチリでは国民団結の歌として知らぬものはないという超有名ナンバーだ。
ところが、この曲、90年代に入ってリイシューCDが輸入されるまで、多くの日本人がオリジナルを全く聞いたことがないような状態だった。
多くのアーティストがこの曲をカバーしたが、レコードジャケットには作曲者・作詞者不詳とされていたくらいだ。※3

それもそのはず、この曲のオリジナル音源はチリでは発行・演奏を禁止され、焚書の対象となっていたのである。
ピノチェトによる軍事クーデターの際、指を砕かれて殺されたビクトル・ハラの音源がまさにそうだったように。
「トドス・フントス」を世に問うたロス・ハイバスはアルゼンチンやフランスへ亡命していたのだ。※4

だから、ピノチェト政権が崩壊してから、ようやくリイシューされたCDを聴いた日本のファンはびっくり。
この曲をトローテのリズムで演奏される生粋のフォルクローレだと思っていたのに、エレキギターが咆哮しパーカスが炸裂するロック・ナンバーだったのである。
ロス・ハイバスは「ロック風の演奏をするフォルクローレ・グループ」ではなく、そもそも「サイケロックバンド」だったのだ。

だからといっては何だが、日本のフォルクローレファンはハイバスの「トドス・フントス」をあまり評価していないようである。
今でも、ハイバスのセンスを誉める人は日本のフォルクローレファンの中にはあまり見当たらないような気がする。
電気楽器なんて使う意味がわからない」だの「トローテ全開のヴァージョンの方がカッコいい」だのいわれたりもしたようだ。

●単なるノリの違い

しかし、この曲の本質を見落としてはいけない。
カレーはカレーでも、日本のカレーと本場のカレーは違うのだ。本場のカレーには本場のカレーの味わい方、というものがある。
オリジナルをクリスティーナとウーゴ加藤登紀子のノリ・聴き方で聴こうとすること自体に無理がある。

かつて『日本狂詩曲』第二楽章に関して「パーカッションがうるさすぎて、メロディが弱い」との評を受けた伊福部昭は、「この曲はパーカッションが展開するリズムがメインで、メロディは伴奏にすぎない」と反駁した。なるほど、そういう曲ではある。実は、ハイバスの「トドス・フントス」もそんな聴き方が正しいのだ。

考えても見たまえ。このアルバムの大半の曲は、ひたすらパーカッションでリズムを重層的に積み重ねていくだけである。呪術チックでさえある。エレキギターのメロディなど、ほとんど添え物に過ぎないではないか!だから、当然のように、このアルバム中の「トドス・フントス」だって同様の曲なのである。アルバム中、最もメロディアスな曲であることは確かだが、クライマックスではメロディ楽器をすべて放棄。メンバー全員のパーカッションを積み重ねていって、「みんな一緒に(Todos juntos)」熱狂的な響宴を繰り広げて終わる、という曲なのだ。

そりゃあ、聴き方のチャンネルを合わせられないと、はじめてのインドカレーみたいに、違和感があっても仕方ない。

もともとハイバスは、ボサノバやボレロなどの演奏を通じて実力をつけていったHIGH-BASSというバンドが原型である。
しかし70年頃、大学で理想主義的アメリカニズムなどの影響を受けてから、音楽的性格が豹変した。インプロヴィゼーションによるジャム・セッションを行う前衛音楽集団になっちゃったのだ。
アンデス周辺域のルーツを追求した楽器をロックに持ち込み、呪術的サイケ・ロックを展開するようになるのである。

そう、ピンク・フロイドだって、アルコ・イリスだってみんなそうだった。
多くのプログレッシヴロック・バンドがそうであったように、実はハイバスもサイケからスタートしたのだ。

パーカッションの響宴がひたすら繰り広げられる異次元空間。
熱狂的でありつつ覚めてもいるという妙なトリップ感
これぞ元祖トランスミュージック
ストラヴィンスキーの「春の祭典」みたいなものである。

どう?
72年発表のオリジナル・ヴァージョンがいきなりこんなハイブリッド実験音楽というのは? すごくない?
「カレーはハウス以外くわん!」なんていわずにちょっと食べてみない?※5

【注】
※1 
「インチキまん、ひとつ」「はい、カレーまん、おひとつですね」

※2 
でも財布が薄いのでそうそう行けない。誰かおごって。

※3 
いまだにボリビア民謡として紹介しているサイトがずいぶんあるみたい。

※4
72年にリリース(このときのタイトルは"Los jaivas"だったが、75年に発表された別内容の"Los jaivas"と区別するため、前者は"La Ventana(窓)"、後者は"Indio"と呼ばれている。76年にアルゼンチンで"La Ventana"をリメイクしたものが"Todos Juntos"である)。このアルバムが彼らをチリ史上最大のカリスマ・ロックバンドに押し上げた。まだ公的にはオリジナルアルバム1枚のバンドでありながら、翌年、映画のサントラまで着手。しかしこの年、あのあまりにも有名なピノチェトによる軍事クーデターが勃発し、メンバーはアルゼンチンへ亡命することになる。その後、チリへ一時的な帰郷、フランスへの移転、と状況の変化はあれど、最終的には90年代になるまで亡命生活が続いた。その間、彼らの代表曲とも言える"TODOS JUNTOS"は南アメリカの多くの若者のテーマソングになり、「作者不詳」という形でクリスティーナとウーゴらにより日本にも紹介されるに至った。とくに、「灰色の瞳」のヒット以降、フォルクローレのカヴァーを増やしていた加藤登紀子は、この曲に日本語詞をつけ、「みんな一緒に」というタイトルで複数のアルバムに収録している(「祭り」(1974) MR-5048/「加藤登紀子・長谷川きよしライブ」(1978) MRZ-9235/6 /「ハルピンの夜 中国コンサート・ライブ」(1981) 40MX-2027/8 )。こうして彼らの歌は「作者不詳」のまま国境を越え、大学のフォルクローレグループで演奏されるスタンダードになっていった。

※5
かつて日本の輸入LP市場に出回っていたハイバスの音源は、ヨーロッパをまたに掛けて活躍していた時期のもの。「トドス・フントス」のアルバム自体は入手できる状況になかった。おまけに、当時のフォルクローレ・ファンのほとんどががロックという音楽に対して親近感を持ち合わせていなかった、といっても言い過ぎではなかった時代だ。だから、ロス・ハイバスの存在は、フォルクローレのリスナーからは全く興味を待たれていなかったといって過言ではないかもしれない。しかし、実のところ70年代後半~80年代初頭の世界中のサイケ、プログレファンの間では、ロス・ハイバスというバンドの存在は、よく知られていた。名盤 "Alturas de Macchu Pichu"に至っては、ロックの存在がアンダーグラウンドであったソ連でも発売されたくらいなのである。しかし、そのプログレファンにしたって、以前より入手していた80年代のアルバムに比べると、この作品はあまりにも即興的要素が強すぎるため、「この頃はバンドとしてまだ未完成」という評価になってしまうようだ。
まあ、実際そうかもしれんが。


※6
「歴史的な演奏だとか、アルバムとしての価値だとか関係ないわ!単に
滅茶苦茶カッコいい『トドス・フントス』を聴きたいの!」というアナタ。じゃあ、コレ。97年にリリースされた"LOS JAIVAS / TRILOGIA EL RENCUENTORO"(SONY Music Entertainment (Argentina) COLUMBIA 2 476173)だ。タイトル通り、ピノチェト政権崩壊後の民政移管による再会を記念してのセルフカヴァー・アルバムである。コングレッソ、レオン・ヒエコ、アンヘル・パラ、イサベル・パラ、イジャプーといった目もくらむようなゲストを迎えた大規模企画盤。このアルバムのトリがコングレッソやイジャプーを従えた史上最強の「トドス・フントス」である。

"LOS JAIVAS / TRILOGIA EL RENCUENTORO"
SONY Music Entertainment (Argentina) COLUMBIA 2 476173





"Todos Juntos"

【アルバム・データ】
<LP>
"LOS JAIVAS" (1972)
(CHILE)
01. MARCHA AL INTERIOR DEL ESPIRITU
02. MIRA NIN~ITA
03. TODOS JUNTOS
04. LA QUEBRA DEL AJI
05. CICLO VITAL
06. LOS CAMINOS QUE SE ABREN
07. EL PASILLO DEL CONDOR

< CD >
"LOS JAIVAS / TODOS JUNTOS" (1998)
ARCI MUSIC (CHILE)

01. MARCHA AL INTERIOR DEL ESPIRITU
02. TODOS JUNTOS
03. MIRA NIN~ITA
04. LOS CAMINOS QUE SE ABREN
05. INDIO HERMANO
06. AYER CACHE
07. LA QUEBRA DEL AJI
08. CORRE QUE TE PILLO
09. CUERO Y PIEL
10. EL PASILLO DEL CONDOR

● なんか、LPやCDはチリ盤やアルゼンチン盤、さらに再編集盤などバージョンがありすぎてよくわからない。
●すくなくとも現在出ているCDはもとはアルゼンチン盤のうえ、完全復刻ではなく、曲間にボーナストラックを挿入して水増しがされている。

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