サイケとフォルクローレの知られざる関係……エル・ポレン
2013-06-26 Wed 01:26

【El Polen /Fuera de la Ciudad】(1973)

まずはグルーポ・アイマラ Grupo Aymaraの話から始めよう。ボリビアの伝説的アウトクトナバンドである。
73~78年の3rdアルバムまでは、アウトクトナもネオ・フォルクローレも1枚のアルバムの中に混ぜこぜだ。そのアイマラが、80年にいきなりほぼまるごと太鼓と笛のみのオール・アウトクトナのアルバムをリリース。続いて82年にもレコードの片面を延々と連続アウトクトナで攻めてきた。

急にどうした。何かあったのか。確かに、当時アウトクトナがファンや市民権を勝ち得たことも大きい要因だろう。だが、本当にそれだけか。実はある別ジャンルの音楽が大きな影響を与えているのではないかと私は見ている。

それがサイケなのだ。※1

何を突拍子もない、と思われるかもしれない。
アイマラに直接的影響を与えたと思われるのが、ペルーのサイケデリック・フォルクローレバンド、エル・ポレン El Polen なのである。

●コミューンの時代
さて、復刻盤CDのシュリンクに貼られたシール「Peruvian Phychedelic Folk Rock (1973)」という惹句を受けてエル・ポレンの2ndアルバムを聴いてみよう。初めて聴く人はある意味びっくり。きわめて「真っ当なフォルクローレ」ではないか。でもこれは21世紀現在の我々が聴くから「真っ当なフォルクローレ」に聴こえるだけなのかも。当時のフォルクローレのリスナーにとって、この音がどう聴こえたか想像してみたまえ。ラテンアメリカ中で発生したフュージョン/ミクスチュアバンドの新しい波の中でも極めて特異。他の誰にもまったく似ていない独特のオリジナリティ世界観を持っていたバンドであったにちがいない。

最大の特長は、「伝統的リズム形式をきちんと守ったうえで、完全なサイケ」という点だ。延々と伝統のリズムと基本メロディを組み合わせてオスティナートすることでフォルクローレとサイケのそれぞれの要件を満たしている。

ポレンのメンバーの立ち位置はというと……フォルクローレのミュージシャンというより典型的なヒッピー。このアルバム誕生の経緯からしてずいぶんと60年代の国分寺(笑)である。1stアルバム”Cholo”のレコーディング直後、ウルバンバ渓谷のコミューン(!)に旅行へ出かけたことがきっかけ。で、その汚れない壮大な空と緑に囲まれた完璧な神秘体験をもとに、リマに戻ってから2ndアルバム制作に励んだのだ。まあ、コミューンでクスリをキメてきたであろうことは曲を聴けば分かるわな。何せ、クスリの名前がそのまま、サビになっている(笑)これ、LSD中毒だったら、サビがひたすら「LLLLLLSD ! LSD ! LSD~ ♫ 」って歌ってるようなもの。アヘン患者だったら「アヘアヘアヘアヘンアヘンアヘ~ン♫」てなところだ。ヘン。 いずれにしてもコミューンでドラッグ決めるとか、そういうヒッピー文化が背景にあるのだ。

しかし、彼らの音楽が後世、後続、同時代人に与えた影響は計り知れない。

一見すると全く関係のないようなボリビアの伝説的土着音楽バンド、グルーポ・アイマラGrupo Aymaraでさえ、その例に漏れなかったということをここで一例として紹介しよう。

●エル・ポレンが与えた影響
一般的にグルーポ・アイマラは、アウトクトナを笛と太鼓で完全再現したバンドであると認識されている。しかし、本当にそれだけの認識でよいのか。確かに80年のアルバム『Cultura Andina』はLP1枚ほぼまるまるっとアウトクトナ。翌年のアルバム『Grupo Aymara』でもA面まるごと太鼓・笛のみアウトクトナの怪演。異様な盛り上がりを見せている。実はこれこそサイケをボリビア・スタイルに翻訳したものなのである。

「LP1枚分、延々笛と太鼓ばかりでも十分いける」
「いやむしろその方がエキサイトできるんじゃないか」※2、3

そうした確信をアイマラが持つに至ったのには、何らかのヒントがあったに違いない。
そのヒントこそが、ひたすらオスティナート・パターンを重複させてプリミティブな興奮を煽るサイケデリック・ミュージックの存在だったのではないか。

このとき、アイマラに直接的影響を与えたと思われるのが、ペルーのエル・ポレンなのである。エル・ポレンが73年に発表した2ndアルバム『Fuera de la Ciudad』、この中の「Hijo del Sol」を聴いてみよう。エル・ポレンとグルーポ・アイマラの意外な関連性が浮かび上がってくる。アルバムのクライマックスを飾る14分ものオリジナルサイケ大曲だ。


●El Polen “Hijo del Sol” 

「あれ、聴いたことがある」

そう。実はこの曲、グルーポ・アイマラの名曲「アヤワスカ Ayawaska」(『Grupo Aymara』(’80))の元ネタなのだ※4。確かに日本のフォルクローレファンの間では、2回も来日ツアーを行ったグルーポ・アイマラの方がエル・ポレンより有名なため、多くの人々がこの曲をアイマラのオリジナル曲であるかのように認識してしまっている。それは仕方がない。アイマラのLPのクレジットを見ても、この曲に関しては「Depto. Folklore Boliviano」と作者不詳のボリビア伝承曲扱いになっちゃっているのだ。

だが実際は、7年も前にペルーで発表されたオリジナルナンバーなのだ。

グルーポ・アイマラは14分間にわたるミニマルなサイケ大曲をわずか数分間の乾いたボリビア・ネオ・フォルクローレにしてしまったことになる。

アイマラがオリジナル曲であることを知らなかったんだろうって?イヤイヤイヤ。
アイマラの「アヤワスカ」にはCパートサビの繰り返し部分にエル・ポレンの原曲にはないパートが一部インサートされている。だがこれとて、アイマラのオリジナルではない。歌詞・メロディともにエル・ポレンの同アルバム「アラス・オリーリャス・デル・ビルカノータ A Las Orillas del Vilcanota」の一節なのである。もともと5曲しか収録されていないアルバムから2曲(しかも分量から言えば事実上半分以上といってよい)もコピってしまうとは大胆不敵、ああ無敵。

アイマラがこんなパクリをするほどだ。当時の音楽界にそれほど大きなショック影響を与えたのだといえば、少しはわかってもらえるだろうか。

【注】

「サイケ」。
60年代末~70年代初頭のLSDドラッグ文化が生んだアート、音楽、ファッションなど多岐にわたる独特の浮遊感覚あふれるサブカルチャー群。サイケデリック・ミュージックは、ドラッグでラリった感覚をまさに具現化したサウンドだ。

サウンド上に「こうでなければならない」といった明確な定義があるわけではないが、
○ 変調や変拍子、ポピュラーの定型枠にはまらない構成など一筋縄でいかない楽曲
○ 底流に連続する音群の使用。しばしば、シタールやコンガなど民族楽器が使用される
○ 繰り返しのオスティナート技法を多用し、ミニマル陶酔的な興奮を喚起する
○ 比較的ランニングタイムの長いジャムセッションやソロプレイが多い
……といった傾向は認められるといってよいか。

サイケ・ブームは70年代初頭に多くのバンドがプログレッシブ・ロックなどへ発展したりして廃れていくが、90年代初頭に登場したトランスやエレクトロニカは、サイケミュージックの形を変えた復活と言えなくもない。

また、名盤『マチュピチュの頂で』しか聴いていない方は意外に思われるかもしれないが、チリのプログレバンドとして知られるロス・ハイバス Los Jaivasも、初期は典型的サイケロックとして名を轟かせたバンドなのである。ハイバスを知らない人でも名曲「トドス・フントス」はご存じだろう。この曲の後半にその残滓が見て取れる。欧米でのフラワームーブメントと並行して、軍事クーデターや階級闘争など厳しい社会情勢にあった南米にもこうしたサイケの流れが花開いていたわけだ。


アイマラは76年のアルバムではアウトクトナの配分を綿密に考えて完璧な構成をしていた。これは60年代末から70年代初頭の欧米ロックシーンの影響だろう。当時のロックはコンセプチュアルなアルバム作りが大流行し、最終的にプログレッシブ・ロックへと昇華していった。アイマラのメンバーは、ボリビアを代表するプログレバンドWARAの録音に参加することで、こうした影響を間接的に受けていったのだろう。ところが、80年頃から延々アウトクトナで攻めるようになっていく。


もちろん、「サイケ・ブームとアイマラの作品の間に10年のギャップがあるのはなぜよ?」という声もあろう。いや、いいのだ。まさにドンピシャ。ボリビア音楽が世界から影響を受けるときは10年遅れの同心円理論という法則は今まで何度かしている通り。

今回のエル・ポレンに限らず、70~80年代のペルー、ボリビア、アルゼンチンでは、
デル・プエブロ・デル・バリオ Del Pueblo Del Barrioソル・シミエンテ・スール Sol Simiente Surアナクルサ Anacrusaなど、多くのミクスチュアバンドによって「自分だけの新しい音」の探索がさかんになされていた。そして彼らの紡ぎだしたサウンドは後続者たちに大きな影響を与えたのだ。70年代末から80年代に花開いたカルカスをはじめとした「ボリビア音楽」だって、70年代の実験によって熟成されていったものの一形態にすぎないのである。

アヤワスカ ayawascaとは先住民の間で使用される幻覚剤。ケチュア語で「精霊のつる」を意味する。アヤワスカを服用した人たちの体験談は、一般的には出版物しか入手できなかった80年代末には資料数が限られていたものだが、今はネットで色々と体験談を検索することが出来る。いやー、イカしたドラッグ……、あわわわイカした時代だわ。


【アルバム・データ】
<LP>
"EL POLEN / Fuera de la Ciudad" (1973)
VIRREY VIR-862 (PERU)

01. CONDORDANCIA
02. MI CUEVA
03. A LAS ORILLAS DEL VILCANOTA
04. EL HIJO DEL SOL
05. LA PUNA

<CD>
"EL POLEN / Fuera de la Ciudad" (1973)
Rephychled Records CD 1018 (PERU)

01. CONDORDANCIA
02. MI CUEVA
03. A LAS ORILLAS DEL VILCANOTA
04. EL HIJO DEL SOL
05. LA PUNA
06. VALICHA (Version en vivo)
07. AHIJADA DE LA LUNA (voz: Susana Baca)

●残念ながら私はLPを持っていないのだが、海外のネットオークションには度々出品されているようなので、興味のある方はぜひ探してみてほしい。

●CDは昨年、手書きのナンバー入りが400枚限定リイシューされた。外は紙ジャケ完全復刻。当時の南米盤を彷彿とさせる紙の中袋、盤自体も当時さながらに復刻!さらに貴重なビーニャ・デル・マル出場記念ライヴ告知のポスター、解説、生写真プリントが封入されるという充実ぶり!解説には当時のコンサートの図版が多用されて貴重この上ない!これは買わなきゃ損々。

●当時の図版を見ると、ポレンとハイバスのユニットライヴが告知されていたり、ハイバスが主催したフェスティバルにポレンの名前が並んでいたりで、両者の蜜月関係が見て取れる。ちなみに、そのフェスティバルには伝説のミュージシャン、マンドゥカが参加していたりもして興奮。さらにこの復刻版CD、ボーナストラックでは当時スサーナ・バカがボーカルを取ったナンバーを収録している!わーお!!

●ペルーの60~70年代サイケばかりを発掘するRephychled Recordsからのリリースとなっているけれど、実はこのアルバム、米国のサイケレーベルLion ProductionsとしてのCDナンバーも入っていて世界中に卸売りされている。だから、ググればまだ見つかるはずだ。今のところ、AMAZONでも入手できちゃうようだし(13/6/25現在)。

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