アワティニャスは美しく獰猛だった。
2005-10-20 Thu 00:11

【AWATIN~AS / "Kullakita"】(1990)

ショックだった。

このアルバムに針を落とした瞬間、いきなりゴルゴ13に狙撃されたくらい驚いた。※1
もう逃げられない。
観念するしかない。
ゴルゴから逃げられた者はいないのだ。
ゴルゴ……いや違った、ボリビアにさしてこだわりを持たなかった私が、その後何年もボリビアに縛られてしまった

迫力のサンポーニャ・プレイ(というよりシクリアーダっていった方が感じが出る?)。
アイマラ語でかぶるユニゾン。
的確にボンボとギターはベースリズムを刻み、ロンロコ、チャランゴはこれらをサポートする。

ガサガサとしたサウンドはいかにも「洗練性」から遠いようでいて、
それでいてカッコよく新しかった
あのとき(もう20年近くたっちゃった)の私は、これでもうボリビアからは逃れられないと思ったものだ。
正面から堂々とボリビアフォルクローレで勝負をかけた名盤だ。

●時代が生んだ奇跡のアルバム
カルカス的アプローチが蔓延して現在の演歌ヘヴィメタのアレンジのようにそれが一つのパターンとして決まってしまい、閉塞感がぬぐえなくなった90年頃、様々なミュージシャンによって多くのアプローチがなされた。

ジャズ※2、テクノ※3、ブルーズ※4、プログレ※5、クラシック※6…様々な手法を学んだミュージシャンがそのニュアンスを自分の音楽に導入しようとした。
どれが優れているかではなく、(今思えば)、どれもボリビア音楽を活気づけようとした試みだったのだろう。

大切なのは、当時のボリビアフォルクローレの動きの中で様々なアプローチがあったなか、アワティーニャスが借り物ではなく、アウトクトナの感覚というボリビアフォルクローレらしさをネオフォルクローレに持ち込み、アプローチをかけた、ということだろう。
前作で得た評判に多少の自信もあったかもしれない。※7

しかし、前作の延長線上にありながらも前作とは大きく違う。
A面ではモレナーダや泣きのケーナを聴かせるにあたって、控えめなアウトクトナを間に挿んでそれぞれの曲を際だたせる。

B面1曲目ではいきなりボンボの叩き方をアルゼンチンっぽい奏法に変え、ポップ感あふれる曲で盛り上げる。
盛り上がったところでつづくナンバーは、ケーナソロ→チャランゴソロ→トヨスとそれぞれの楽器の魅力とノリをたっぷり味わえるカルナバリートでクライマックス。
その後、泣きのヴォーカル・コーラスをたっぷり聴かせるバラードを入れる。


うますぎる

このように1曲1曲のつながりまでよく計算され、サウンドと録音の相性(決して音が良ければ良いというものではないのだ)までが理想的なアルバムがボリビアから出されたというのは奇跡に近い。
我々はこのアルバムが出されたことを神に感謝しよう。

あなたがゴルゴの銃弾にハートを撃ちぬかれますように。

●愛するがゆえの苦言
ところで、正直に告白すると、私はこのアルバム以降のアワティーニャスのアルバムは好きになれない
2枚のベスト盤を経た後に出された彼らのアルバムは、完全な2匹目のドジョウねらいでものすごく私を落胆させた。

このときからアワティニャスの新作はパターンが決定してしまい、1曲1曲がすべて、「あ、これは"KULLAKITA"だ」「この曲は"YURI"か」など、このアルバムのナンバーになってしまうのだ。
せっかくこのような歴史に残る素晴らしいアルバムを出したのだから、もう少し頑張ってほしいものである。


●Awatin~as "Kullakita" 


●Awatin~as "Wara"

【注】
※1
自称デューク・東郷。いわずと知れた国際的超A級スナイパー。狙撃最大距離は2Km、拳銃を抜く速さは0.17秒。……というか狙撃されたら、「驚いた」ではすまない。

※2
たとえば、INTI BOLIVIAはフュージョンの影響を。また、70年代から活躍しているWARAやALTIPLANOも(最初はプログレよりでも)このころはむしろフュージョンに影響を受けている。BOLIVIAN JAZZはそのままジャズだし、この後活躍するカルロス・ポンセなどもその流れにある。

※3
いまのテクノの定義からすると、「いいすぎ」と感じられるかも知れないが、このころ打ち込みを始めたK'ALA MARKAは、まさにアイマラ・テクノといった風情だった。

※4
INTI BOLIVIAの看板だったサウル・カジェーハスのチャランゴとヴォーカルは、それこそ今までのボリビアにはなかったブルージーな味わいを感じさせた。

※5
2年後に発売されたLUZ DEL ANDEのアルバムは、音楽的な実験性に富むきわめて完成度の高い作品でありながら、難解なところの全くない名作だった。アルバム・コンセプト、世界観の構築性の高さはプログレに共通項を見いだすことも出来よう。

※6
クラシックというか、現代音楽の手法で攻めてきたのが、ベルリン帰りのCHACALTAYAだ。

※7
もちろん、アイマラやルーパイなどもそうなのだが、ここでは「90年頃のネオフォルクローレの閉塞感を破った」動きとしての話に限定。アワティーニャスも80年代初期のアルバムを聴くと、アイマラと同じように「ネオフォルクも演奏するアウトクトナグループ」というイメージが強い。


【アルバム・データ】
<LP>
AWATIN~AS / "Kullakita"
RLPL-534 (1990)
DISCO LANDIA(BOLIVIA)

1 KULLAKITA (Huayn~o Aymara)
2 KAWANA (Choquelas)
3 QUILQUINCHOS DE CORAZON (Morenada)
4 YURI
5 SAYRI (Sicreada)
6 GUERRERO AYMARA
(Extracto del poema "La muerte del Illimani de Marcalo Ulioste")
7 WARA (Carnavalito)
8 MI TRISTE ADIOS (Cancion Huayn~o)
9 WAILAMAJ WILAJAWA
10 BOQUITA DE MIEL (Taquirari)

<CD>
CD-534 D.L.:4-4-99-99 (1999)
INBOFON (BOLIVIA)

●どうでもいいが、CD版のジャケットセンスはどうにかならないものか……。
●LPはアイマラ語の曲名にスペイン語が添えてあったり、形式名が入っていたりするのだが、CDの方はそれらはカット。そればかりか曲順が一部間違っていたりするので注意(ボリビアじゃ普通だけど)。
●CDはボリビア版とは別にフランス版も存在するらしい。ジャケットはLP版と同じもののようだ。(このCDの入手体験記はDisco Andinoを経営されているchubeiさんのHP「TAKAOMANTA」に詳しかったが、残念なことにかなり前に閉鎖された)。


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伝説のアイマラ!
2005-10-19 Wed 13:15

【Grupo AYMARA】(1982)

どの音盤が「名盤」かって人によって違うんだよね。

……そんなの当たり前じゃないというあなた。
……でも「本当にいいもの」は歴然として存在する!
  この名盤がわからないヤツは耳が悪いだけだ!というあなた。

まあ、意見はいろいろあっていいんじゃないかな。
吉野家の牛丼だって、ネギダクダク※1がいいって人から、果てはツメシロ※2がいいって人までいろいろだし。
卵一つとったって、かき混ぜ派もいれば、そのままぶっかけ派もいるわけだし。
人によって、こういう食い方がウマイってのは違うから。
こうしなくちゃいけないってルールはないもの。※3

あんまり牛丼についてつっこみすぎると、肝心の本題に永久に到達しないので、まあこの話題は別の機会に譲るけど。

カミングアウトすると。
フォルクローレ界最大の名盤に数えられているグルーポ・アイマラの伝説的な1stアルバム"CONCIERTO EN LOS ANDES DE BOLIVIA" (1973)を初めて聴いたのは15年ほど前。
実はリアルタイム世代ではない私にとっては全くピンとこなかった
実はこれを聴く前に、すでに私は他のアルバムでアイマラの洗礼を受け、そのサウンドに恍惚となっていたのだ。
2nd以後の作品に比べるといかにも未完成に感じてしまったのだ。

みんなが絶賛する1stアルバムは、アイマラの音源としては、現在、ボリビアで唯一CD発売されているフルアルバムだ。
しかし、上記の理由で私はこの1stアルバムをご紹介するつもりはない。

2ndアルバム"Imantata"以降のすばらしさは、いずれすべてご紹介したいと思っているくらいだ。
しかし、音楽というものは、その当時の社会や常識などさまざまなものを含んだ文脈の中で、発信され、受け止められるものだ。
さらに個人個人の音楽歴や人生観のフルイにかけられた上で各個人に受け取られるものだから、私が1stアルバムにあまり感動を覚えなかったのは、やむをえないことではある。

当時のフォルクローレ産業はやはり、根っこを大切にしたアーティストも多かっただろうが、単に「素朴さ」を売りにしたようなアプローチのコンフントも多かったのだと思う。

そこにエッジのたったトヨスのサウンドをギターの低音に乗せるという、アウトクトナを洗練させた"MI RAZA"(1st収録)が大きな衝撃をもたらしたことは想像に難くない。

当時の人々にとって衝撃だったのは頭ではわかるのだが、私にとっては先に聴いてしまった2nd以降のアルバムの方が衝撃だった。残念。

まあ、もうすこし、私の幅が広くなったときに再聴してみて感動する日が来るかも知れない。

ということで私がアイマラの最高傑作!と推すアルバムは……しかし、どれもこれも凄いのだ。
コンセプトも1枚1枚違うので、単純比較して優劣をきめるわけにもいかないし。

「名盤」の定義は色々あれど。
それを作曲だけじゃなく、「誰にもまねできない稀有な演奏が収録されているもの」としたときにチョイスしたいのが、5thアルバム「Grupo AYMARA」だ。

A面はネオフォルクローレ、B面はアウトクトナという構成。
アルバム全体の構成にこだわっちゃう構成フェチの私としては「なんて安易な!」と怒り出してしまうところだが、これは違う。

素晴らしすぎる。

A面はカッコヨクも落ち着いた、それでいてエッセンスの濃い作品が目白押し。
2曲目の"SARIRI 1y 2"などに至っては、後にペルーやエクアドルなどの様々なグループが競ってコピーし、もはやスタンダードと化した名曲だ。※4

しかしB面は、そういった曲の哀愁・かっこよさ・ノリになれた耳を頭ごと大きく揺さぶるアウトクトナの名演奏オンパレードだ。

いわば、淡泊な吉野家の牛丼特盛りを途中まで食して、まだまだ食べたいけど、そろそろこの先飽きてくるかも?というところで卵と七味をぶち込んだようなもので大変な興奮だ。はふはふ。

B面1曲目に収録されたJILAKATASの鬼気迫るトヨスのサウンドは滅多に聴けるものではない。

続いて2曲目のタルケアーダは、その制御しがたい荒々しい音色と洗練性などみじんも考えないユニゾン(とにかくパートなんかなく一斉に声を出して歌うのが基本!)とのコンビーネーションに魂が打ち震えるような興奮を呼び起こす!

あまりの名演奏に、「これがクライマックスか」と思っていたら大間違いで、続くスリは1拍子のリズムに乗せた迫力のシクーリ。
この曲にも身を乗り出せ!
休む暇なんかない。
軽く精神の均衡を失いそうな錯覚を覚えるほどだ。

さらにテンポを軽い駆け足に早めたスリが追い打ちをかける。

ラストは大迫力の祭囃子の中で、チャンチキと全く同じようなサウンドが聴けるが、誰かこの楽器をご存じの方教えて?

【注】
※1
牛丼のアタマ(肉とタマネギ)の部分のうち、タマネギの量を大量にする注文。バイトや社員の人気メニュー。
※2
シロとはご飯のこと。つまり冷たいご飯で牛丼を盛る猫舌常連さん専用の伝説的特別注文。ただし築地店のみに通用。
※3
とはいうけど、私はツユダクなんてあんなまずいもの絶対ごめんである。
個人的には当然こだわるよ。
あのわけのわからん「ツユダクブーム」以降、注文もしていないのにツユダクを出してくる店をみかけるが(キャストの教育がなってないだけか)、「金を返せ」といいたい。
とても食えたモンじゃない。
誰があんな泥水みたいな飯を食うといった!
他人が何か勘違いしてツユダク頼むのは勝手だが、オレには迷惑かけるなといいたい。

…というのは、あくまで私の個人的主張である。
しかし、そもそも牛丼なんて下品なものを食べる私の味覚を変だと思う人もいるだろう。
また一方で当然、ツユダク派は私の味覚を疑うだろう。
人それぞれ。
…音楽も一緒よ。
※4
いつの間にかノリノリのティンクに改変され、あげくにアルゼンチンではボリビア伝統曲扱いでヘビーなフォルクロックにアレンジされてしまった。
ARBOLITO / "LA ARVEJA ESPERANZA"
DOBLE F PRODUCCIONES FK076 (ARGENTINA 2002)
ティンクのリズムのままで演奏されるが、完全無欠のロックだ。熱いぜ。



"Sariri 2"


【アルバム・データ】

Grupo AYMARA (1982)
SLPL-13470(1982)
LYRA (BOLIVIA)

1 AMANECER ANDINO (aire de huayn~o)
2 SARIRI 1 y 2 (estampa)
3 DANZA PARA COYLLUR (danza)
4 AYAWASKA (lamento huayn~o)
5 POR LOS CAMINOS (cancion-huayn~o)
6 JILAKATAS (danzas)
7 KAUQUIRURAQUI SARJATA (tarqueada)
8 SANTU SANTU (suris)
9 APTHAPI (mocen~os)
10 WACA TINTIS (danzas)

●残念ながらCDは発売されていない。


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何てったってプレンダードス
2005-10-18 Tue 01:26

【PRENDADOS / "Identidad" 】(2004)


なんてったってアイドルである。

ジャケットからしてカメラ目線でビシバシ、ガンをとばしてるのである。
まあ、アルゼンチンでノチェーロスがものすごい勢いでブレイクしたので、「じゃあ、うちも」っていう計算なんだろう。
正直、最初はちょっと小馬鹿にしていたかも。

だってチャランゴ、サンポーニャ、ギター、ケーナができるやつを集めるのは簡単だけど、それだけじゃ駄目で、イケメンじゃなくちゃいけないんだよ?
しかもボリビアでだよ?
みんな思い出して見ようよ。
今人気のあのコンフント、このコンフント……。OK?

…ってな感じで初めて聴いたときの評価は、「どうせ顔だけでしょう?」という長年にわたるひがみ根性から生まれた偏見か、うかつにも「?」とか「まあ、洒落てはいるけどねえ」などと流してしまったのだ。
その後「アイデンティティ」という意味のタイトルを持つセカンドアルバムを車の中でBGMとして聴いたわけだ。



迂闊であった。





"Tenerte Otra Vez"


「色眼鏡でモノを見てはいけない」などとえらそうに生徒に講釈をたれていた私が、その不明を恥じいる次第だ。※1
穴があったら入りたいとはこのことである。
あくまで「フォルクローレを聴こう」と構えていると、このような「おいしいアルバム」をうっかり「CDラックの肥やし」と判断し、永久に封印してしまうことが、ままあるものだ。
もし、たまたま車に持ち込まなかったら、このCDはラックの底でCD腐食時限を迎えて一生を終わっていたに違いない。
愛車で軽快に国道122号線※2をクルージング(←だって埼玉県人なんだもん!)しているときは、やはりポップスやロックが似合う。
ノリが大事なのだ。
このアルバムはそうした都市型のロック・ポップスが持っているセンスを持ち合わせている上、何といってもサウンドがオシャレなのである。
トーバス、ティンク、タキラリ、スリ、チュントゥンキ、サヤ・カポラル……とボリビア伝統オンパレード状態でありながら、フォルクを聴かない、い~や聴きたくもないという若いおネエちゃんたちにもお薦めできるシャレたサウンドが実に心地よい※3
ラテンポップスのアルバムとしても成立しているのである。
アレンジがなかなか凝っている。
捨て曲がない。

しかもヴォーカル、コーラスが実によい。
一昔前はボリビアのコンフントじゃこんなブルージーな歌い方をする人は、サウル・カジェーハスぐらいしか見あたらなかったよなあ。
日本のアイドルってこんなビブラート、出せねえよなあ、と関心しきり。

このアルバムは演奏もスゴイ。
ただし、前作があくまで「本人たちの演奏」※4を謳っていたのに対し、今作では「他の人に演奏してもらってます」といわんばかりのクレジットで開き直っている。
開き直った人ほど怖いものなしの人はないが、開き直ったアルバムも相当怖いものなしだ。
ゲストにはフアン・カルロス・コルデーロ、エドゥアルド・ヤニェス、サウル・カジェーハス……とあまりの豪華さに目がくらむ。

1曲目のトーバスを聴けばめまいも起きる。
何とエルメール・エルモッサがヴォーカル参加!
エルメールですぞ?※5
タキラリでは畏れおおくも国民的大歌手グラディス・モレーノ

つくづく恐ろしいアルバムだ。※6

【注】
※1
でも考えてみたら、70年代~80年代のアルバムジャケットはカルカスにしろ、サビアにしろみんなビジュアル系だったよね。ウリーセスもガストンもヒメネスも女の子がキャーキャー言ってたよね。
※2
埼玉県のドライバーは女の子もじいちゃんも122号線のことを「ワンツーツー」と呼ぶ。「ひゃくにじゅうにごうせん」なんて呼び方があることを忘れるくらいだ。だから埼玉県民はこれを全国で通じる言葉だと思って、信じて疑わない。
※3
このアルバムのタイトルには(MUSICA BOLIVIANAではなく)MUSICA CONTEMPORANEA BOLIVIANAとわざわざ書いてあるのだ。
※4
もちろんウィルソン・モリーナやらルイス・ギジェンやら豪華ゲスト入りだ。
※5
実はチャランゴがカルカスの長兄ウィルソン=エルモッサの息子ゴンサロ=エルモッサなのだ。彼は2005年を以てプレンダードスを脱退し、カルカスへ移籍した。
※6
ちなみに「アイドルといえばカッチャス」という風潮があるようだが、カッチャスについては個人的に全く理解できないので一切ふれなかった。決して「もてるヤツらは嫌い」とかそういうのではない。


【アルバム・データ】
<CD>
PRENDADOS / "Identidad"
I.B.-II-04 D.L.4-4-142-04 (2004)
(BOLIVIA)

1 POR BOLIVIA (tobas)
2 SE ACABO (cancion Boliviano)
3 TENERTE OTRA VEZ (tinku)
4 QUISIERA SER (suri)
5 MORIR POR TI (cancion Boliviano)
6 LLENA MI SOLEDAD (chuntunqui)
7 MADRE MIA (cancion Boliviano)
8 PEQUEN~O AMOR (chuntunqui)
9 SIN TU AMOR (saya)
10 EL CARRETERO (taquirari)

●ボリビアの人気グループの2004年盤なので、入手は比較的楽……といいたいのだが、気になることがひとつ。このアルバム、レコ番はあるのだが、レーベルがわからないのだ…。

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ルス・デル・アンデの静かな決意
2005-10-09 Sun 02:25

【LUZ DEL ANDE / "Peskha patac mara …"】(1992)

1992年は「コロンブスによるアメリカ大陸到達500周年」ということで、映画・出版・イベント・音楽と多方面で盛り上がった年だ※1

バブル崩壊直後だったが、あのころの日本は、その後の「戦後最大の不況」「いつ夜は明けるのか」なんて状態なんかまだ誰も予想だにしていなくて、今考えると商品企画にもまだまだ勢いがあった時代だ。

ご多分に漏れず、レコード業界もさまざまな企画盤(特にクラシック業界)を出していたようだが※2、「ワールドミュージック」なんてジャンルをでっち上げて、みんなで第3世界の音楽を持ち上げたあの時代に、なぜメジャー各社が「500年…」と名付けられたこの名盤を日本盤としてリリースしなかったのか、理解に苦しむ次第だ※3

さて、ルス・デル・アンデのサウンドを期待してレコードに針を落とすと驚く。

いきなり冒頭2分くらい音楽がないのだ!
ひたすら村の父親と娘の会話が続く。
しかもアイマラ語だ。

しかし、ここにカギが隠されている。
インディオの女の子が「なぜ私たちの村にはクリスマスがないの?」と泣くのに対し、父親が「本当の豊かさについて」こたえるという形で会話が交わされ、女の子に笑顔が戻って弟たちを呼びに行くところで、マルセロ・ペーニャのチョケーラ2重奏が夜明けの情景を静かに描き出す……。

こうして幕を開けた物語は静かに、時にシーケンサーで描かれた不可思議な情景をはさみながら(M-5 YATIRIはフォルクローレでタンジェリン・ドリームを表現したみたいな凄いサウンドになってしまっている。 M-3 AKAPANAに至っては、ほとんどタンジェリン・ドリームの名盤「Rubicon」イントロ!)、最後にはBICHITO DEL FLORで村の情景へと戻っていく。
終曲では「コンドルマリュクよ もう500年にもなる……」と歌いながらも、自らの手でもう一度栄光(パチャクティ)を築いていこう……と静かな決意を歌い上げるのだ。

A面ではイタラケの祭りを描きながらも全体的に短調を中心に構成されており、不安な感じが醸し出されるのに対し、B面では解放され、安心した気持ちになるような長調を中心に構成されいる。特に9曲目BICHITO DEL FLOR では美しい情景が目に浮かび、日本人の私が「郷愁」さえ感じてしまうほどだ※4

ボリビアの名だたる豪華ゲストを迎えて録音された、ルス・デル・アンデ絶頂期のメンバーによる永久不滅の名作※5
あのボリビア音楽界の偉大な巨人、故ホセ“ハッチャ”フローレスがレコーディングに参加しており(どこらへんに参加しているかはお楽しみに)、このアルバムが完成したときには涙を流して喜んだそうだ。
ボリビアで木下尊惇がリスペクトされているのには、このあまりに見事なアルバムの存在が大きいことはいうまでもないだろう。


【注】
※1 ハリウッドなんか2本のコロンブスものの企画が衝突し、お互いどちらも譲らずに両方公開されたぐらいだ。
※2 「コロンブス時代の音楽」ってそれはコロンブスと関係ないだろ!
※3 というかボリビア音楽なんか、カルカスのランバダ問題以外全く話題にもならなかった。
※4 なぜか私は、日本昔話にでてくるような山寺を思い浮かべてしまう…。
※5 当時、木下尊惇の義兄にあたる福岡稔氏から「ティワナク文明が徐々に浮かび上がり、また消えていく」といった構想の下にアルバムコンセプトが決定されたと伺った。エピックから翻訳出版されているアントニオ・パレーデス・カンディア『ボリビアの伝説』(1994)には、細い三日月の夜だけ古の都市が、多くの住人を住まわせたまま「黄金の湖」から浮かび上がり、そして消えていく、といったコロコロの伝説が採集されている。もしかするとボリビアのそういった伝承から想を得た構成なのかもしれない。



"MAKUTIMPI"


【アルバム・データ】
<LP>
LUZ DEL ANDE / "Peskha patac mara …"
SLPL-13725 ( 1992 )
LYRA (BOLIVIA)

1 NAVIDAD EN EL CAMPO (charla)~ ALWA (chokhela)
2 MARCHA DE ITALAQUE (marcha)
3 AKAPANA (ambiental)
4 JALLALLA TIHUANACU (motivo)
5 YATIRI (paso)
6 MAKUTIMPI (trote)
7 TESTIGOS MUDOS DEL TIEMPO (pasacalle)
8 RECUERDO DE CHARAZANI (kantu)
9 BICHITO DEL FROL (ayarachi)
10 PACHACUTI (plegaria)

<CD>
LUZ DEL ANDE / "Peskha patac mara"
CD-13973 ( 2007 )
DISCO LANDIA (BOLIVIA)

1 NAVIDAD EN EL CAMPO (charla)
2 ALWA (chokhela)
3 MARCHA DE ITALAQUE (marcha)
4 AKAPANA (ambiental)
5 JALLALLA TIHUANACU (motivo)
6 YATIRI (paso)
7 MAKUTIMPI (trote)
8 TESTIGOS MUDOS DEL TIEMPO (pasacalle)
9 RECUERDO DE CHARAZANI (kantu)
10 BICHITO DEL FROL (ayarachi)
11 PACHACUTI (plegaria)
12 ALWA (chokhela)

現在CDは発売されていない。早急に発売されることを望むばかりだ
●ボリビアではすでにLPの生産は行っていないため、廃盤になっている。LPを入手できる機会があれば、絶対にチャンスを逃すことのないようにしたい。

■追記■
ゆなさんのご紹介(下記コメントを参照)にあったように、2007年、ついに不朽の名作がリイシューされたぞ!このアルバムをお持ちでなかった方はもちろん、持っていた方もこのCDはマストアイテム!

変更点は以下。
(1)アルバムタイトル末尾の「・・・」が消滅。
(2)LPで1トラックだった"NAVIDAD EN EL CAMPO ~ ALWA"は、2トラックに。
(3)マルセロ・ペーニャのソロアルバムから"ALWA"がボーナストラックに。


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教えてあげないよ……サリーナス
2005-10-08 Sat 13:07

【SALINAS / "remos en el agua"】(2003)


あまりに魅力的で、素敵で、最高で、他人にはその魅力に気づいてほしくない、教えたくないという矛盾した気持ちにさせてくれるものが誰にでも一つはあるだろう。

まだ誰もその魅力に気づいた様子がないようならなおさらだ。
人に教えたい、わかってほしいという気持ちと、教えたらもったいないという気持ちの綱引きである。

え?私がケチなだけ?

まあ、私がケチであるかどうかはともかく、私にとって大事な1枚をさっそくGoogleで検索してみた。
インティ・イリマニのほとんどのオリジナル曲をつくってきたオラシオ・サリナス
彼がインティ脱退後に発表した、このソロアルバムの魅力にとりつかれた人はいるかな、と……。

そう、このアルバムはそれほど魅力的である。

はじめはちょっと気になるあの娘、だったのがしだいにその奥深さに魅せられ、激しい恋におちていく。
傑作といっていい。

ここで聴かれる宝石たちは、このブログに多く掲載される予定のネオ・フォルクローレの類ではない。
ブラジルのボサ・ノヴァ、ペルーのランドー、コロンビアのクンビアなどがギター、アコーディオンやハモンドオルガン、ときにピアノやカホンなどを伴って歌われる。
しかも、アレンジや作曲のセンスは、(ロランド・エンシーナスやコジャマルカなどの活躍で最近はやりの)ボリビア・クリオージョ音楽のようなある時代の演奏形態の魅力を伝える音楽というより、「今の音楽」という性格が強い。
いまだ生き続ける「ラテンアメリカの大衆音楽」という意味でつくられたアルバムなのだ。

ラテンアメリカ全体のクリオージョ大衆音楽を大きな包容力で包み込み、オラシオ・サリナスの洗練されたセンスでまとめあげた至上のアルバムである。そういう意味で、やはり彼はビオレッタ・パラの提唱した「カント・ポプラール」の正統な継承者なのである。

検索の結果はどうなったかって?

【日本語検索の結果】
1 件 (0.17 秒)

ワインテイスティング
こんなワインが日々の食卓にあったら豊かな気分になること請け合いです。1杯お試しは690円、1本お試しは4000円、1本お持ち帰りは2300 円です。 18日に続いて新しいCDのご紹介です。 "REMOS EN EL AGUA" HORACIO SALINAS "ESCARCHA Y SOL" HORACIO ...


う~ん、むにゃむにゃ……。
どうか一人でもいいからこのアルバムの魅力を語りあえる人が生まれますように……。


"BAJO EL CIELO NACIDO TRAS LLUVIA"


【アルバム・データ】
<CD>
SALINAS / "remos en el agua"
5406 69310-2 (2003)
WARNER MUSIC CHILE (CHILE)

01 BAJO EL CIELO NACIDO TRAS LLUVIA
02 MACUNAIMA
03 DE VUELTA
04 POEMA DE SU AMOR
05 CUMBINBA DE DON~ALICIA (Instrumental)
06 MI PAPA Y MAMA
07 LA PREGUNTONA
08 LAS VIOLETAS (Instrumental)
09 BAMBUCO DE MACONDO
10  ARAUCARIAS (Instrumental)
11  SE ARRANCARON CON EL PIANO


●チリのCDなのでボリビアやアルゼンチンなどに比べると、専門の輸入業者がすくないのは事実。常に在庫がストックされているというわけにはいかないだろうが、新しいCDなのでまだまだ入手可能だろう。ネット上で見つけたらすぐに入手することをお薦めする。


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ハッチャがスゴイ理由
2005-10-08 Sat 06:50

【JACH'A MALLKU / "El Arte de … JACH'A MALLKU"】(1989)

ハッチャ・マリュクの2ndアルバム。

・・・でありながら、すでにジャケット裏面にはディスコ・デ・プラティノ(プラチナ・ディスク)を受賞した写真が。
1stアルバム"YOTALEN~A"がいかに反響を呼んだかがわかるというものだ。

現在残っているメンバーはヴォーカルのフランツ・チュキミアのみになってしまったが、なにがスゴイかって独特のハッチャ・サウンドに変化がない点だ。

たとえば、一時ボリビア・ネオ・フォルクローレにおけるスタンダードサウンドになった感のあるカルカスでさえ、前期・中期・後期とサウンドが全く違う。
ハッチャ・マリュクのアルバムはメンバーがかなり移動しているのにもかかわらず、原則的にみな「ハッチャ」な感じ(?)がするのだ。※1

繊細でありながら、アイマラっぽいリズムを前面に押し出す点は典型的なラ・パス・サウンド。
ところがサウンド自体はエッジのたった音ではなく、洗練されている。
しかしそれでいてコテコテなのだ(文章で書くと全く意味不明な表現だが、彼らのサウンドをご存じの方は納得していただけるであろう)。

80年代後半というと、カルカスのあまりのカリスマぶりにネオフォルクローレ界はことごとくカルカス・スタイルのメロディ、アレンジ、ビジュアル、リズムにあふれかえっていた時期だ。
我々リスナー側もそんな状況に最後は食傷気味になりながらも、それを当然のように考えていた。

そんな中でのハッチャ・マリュクの登場。
ビクトル・フェレルのかっこいいギター、着実にアイマライズムを伝える自己主張の強いフルビオ・バリョンのボンボ、ロドリゴ・カリアーガによるケーナの強いフレージングから生み出されるハッチャ・マリュクにしかできないサウンドには驚いたものだ※2

第一、これだけ人気を誇ったにもかかわらず、模倣者が出てこないのがスゴイ!
いや、模倣しているつもりでも、できないんだろうなあ (ハッチャ版の"SI TE VAS"をコピーしている新人コンフントもあったし)
アルバム8曲目"TIERRA DE CONDORES"は、7曲目までのリズミックなナンバー(6曲目クエッカ、7曲目カランペアードとコテコテだ)に慣れた耳に解放感を与える力強いのびのあるケーナと勢いのあるチャランゴが気持ちいい。いかにもハッチャ・マリュクらしいトローテ。ギターのビクトル・フェレルによる名曲だ※3

もちろん1曲目から曲のアレンジや配列をよく考えているアルバムだが、特に7曲目~10曲目までのコンビネーションは見事というより他にない。

芸術肌のシェフによるよく計算されたフルコース、大変おいしくいただきました。

【注】
※1
しかもバンドリーダーは存在しないという。本当なのか?(後のアルバムではフルビオ・バリョンがディレクトールと記述されていたりするのだが…。)
※2
ビクトル・フェレル(G)エドウィン・ロウェルト(ビエントス)、フルビオ・バリョン(ペルクシオン)…これだけ見ただけでもルミジャクタやマリュク・デ・ロス・アンデスのメンバーがかぶっているにもかかわらず、コンセプトが違えば、これだけ全くイメージの異なるグループになるという好例だろう。
※3
ハッチャ・マリュクのレコーディングでは、フシオン系のレコーディングと違ってハッチャ・サウンドを優先するサウル・カジェーハス(チャランゴ)だが、この曲では存分にサウル節を発揮している。



●"Tierra de Condores"

【アルバム・データ】
<LP>
JACH'A MALLKU / "El Arte de … JACH'A MALLKU"
IBLP-30.019 ( 1989 )
INBOFON (BOLIVIA)

1 VERSOS DE BETANZOS (betancen~o)
2 MI NOSTALGIA (cancion)
3 COCA Y CAFE (saya)
4 NO VOLVERE A QUERER (taquirari)
5 SI TE VAS (cancion)
6 MANANTIAL (cueca)
7 DONATA (hunan~o)
8 TIERRA DE CONDORES (trote)
9 HAY AMOR (pasacalle)
10 ILUSIONES HERIDA (cancion)

●残念ながらハッチャ・マリュクの初期の4枚のLPはCD化されていない。

●ベスト盤がボリビア本国とイギリスのTUMIレーベルでそれぞれ編集されているので、一部の曲は聴ける。
ただし、ボリビアはひたすらダンサブル路線、イギリスはひたすらインスト路線で同じような傾向の曲を延々ぶち込むだけの編集。
どっちにしろ聴いている最中にゲップが出る。お薦めできない。

●「ベスト盤編集におけるボリビアとイギリスの傾向比較」なんてタイトルで比較文化論の論文でもかきたい御仁には2枚のベスト盤を両方聴いてみることを強くプッシュする。




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恐るべき野心家……ワラ
2005-10-06 Thu 01:20

【WARA / HICHHANIGUA HIKJATATA "PAYA"】(1976)

ワラの3rdアルバム※1
大きな衝撃をもって受け入れられた2nd "MAYA" やユーライア・ヒープのカヴァーを行った4th "QUIMSA" 、ENCUENTROSを収録した5th "PUSI"に挟まれ、プログレファンからもフォルクファンからもあまり注目されないが、大変なコンセプトを持った名盤なのである。
まさにボリビア音楽の歴史を俯瞰し、また新たな出発点にたとうという野望に満ちたアルバムなのだ。

●ボリビア音楽史の再生
よく聴いてみると全体は三つに大別できる。まずは第一部。

「FIESTA AYMARA」(M-1)。
雑踏のS.E.から始まって、8部から構成されるアウトクトナが連続7分56秒にわたり演奏される。ちょっとした大曲だ。後に多くのアウトクトナグループが追随するようになったこの演奏形式はもはや現代では定番。

しかし、もうここまで読んだ時点で「ああいう似たような音が延々続くの飽きるんだよ」という方もおられよう。ちょっと待った。確かに昨今のアウトクトナのCDにありがちな形骸化したメドレーはお腹いっぱいだ。つまらない演奏が多いのも事実かも。だが、まずはさておき、ワラの演奏を聴いてほしい。(この盤をまだお持ちでない人は、たとえばこの当時ワラで演奏していたオロスコやルシアーノらが結成したアイマラでもよいので聴いてみよう)。

そう、さすがはワラ、プログレ魂だ。
第二部・三部へとつなげるために、このアルバムはアウトクトナがイントロに必要だったのだ。
その際、変拍子や転調の激しいプログレの「構成力」というか「手法」をここで発揮したのである。

この「構成力」というか「手法」という表現がわかりにくい方のために、あえて誤解を恐れずポピュラーな1曲を例を挙げてみよう。
クイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」である(恐れなさすぎか)。
ポピュラーだからクリムゾンやフロイドさえ売ってないという地方のCDショップでも入手できよう。
この曲はいわゆる「プログレ的手法」を盛んに導入している。
冒頭は「母さん、おれ人を殺しちゃった…」と静かに歌い、「みんなが俺に石投げるんだ!」と徐々にエキサイト。
有名な「ガリレオ~ガリレオ~ガリレオフィガロ~」のくだりの前後は、変拍子や転調が相次ぎ、(くどいようだが、誤解を恐れずに言えば)まるで違う曲を立て続けにつないだかのようなめまぐるしい展開を見せる。
それがプログレなのだというつもりはない。が、そうした手法が他の音楽と比して非常に多く使われるのは事実だ。


ワラのおもしろいところは、1曲1曲が調子の違うアウトクトナを「祭りの演奏隊が続々と通り過ぎる」という形を取ってつなげてみせ、まだアウトクトナが鑑賞用の「音楽」として聴かれることの少ないこの時代にドラマティックな組曲に仕立て上げたところだ。※2クレジットを見ればわかるように、この曲は純粋なプログレ・ワラのメンバーであるダンテオマール・レオンカルロス・ダサの「作曲」となっている。よく誤解されているように、ケーナやチャランゴを担当するために参加したオロスコらによる曲ではない。そんなところからもこの曲の意味は見えてくるのではないか。

2曲目からは第2部。
ボリビアに存在していた二つの音楽の流れ……クエッカ(「MENTIROSITA」(M-3))などのクリージャ音楽、ウァイニョ(「FROL DE ROSA」(M-4)※3)などのアウトクトナが(途中、ウァイニョをクリオージャ風に演奏する「JAPIRICUSPI」(M-5)などの融合を見せながら)、交互に現れる。

これはボリビア音楽の二大潮流を提示し、融合を見せながらも、山岳地方都市インディオメスティソといった決して混じることのない当時の社会をも反映しており、第2部最後のM-6では、とどめとしてまたもやアウトクトナが演奏される。

●新たな音楽の創造へ
ここまでのサウンドを聴いていると実に渋い
しかし、である。「何と渋いアルバムか」などと浸ってしまったり、油断したりしていると、7曲目で腰を抜かすはめになる。
ここからが第3部だ。  

「ENCONTRARTE」(M-7)でいきなり「ロック」が出現、ボリビア音楽と融合する。
ルシアーノ・カジェーハスのケーナは主メロを演奏せずに、ドラムスとベースが刻むリズムに従ってひたすらリフを刻み、ペドロ・サンヒネスのキーボードはこれに絡みつくようなインプロヴィゼーションで聴くものをシビレさせる。
この曲からアルバムのラストまで新たな音楽の創造をめざして一気に高まりをみせるのだ。

この曲ではロックにチャランゴやケーナが付いていく感じ※4でまだ硬い融合も、「IMILLITA」(M-9)では、ヴォーカルの合間に心臓の鼓動に似たサヤを思わせるリズムを挿入するなど、有機的な融合がはかられる。
さらに終曲「LEYENDAS」(M-10)では「融合」などといった生硬さを全く見せないオロスコによるチャランゴカルロス・ダサのアコギが、叙情性たっぷりに新しい音楽の創造を歌い上げていく。
そう、そのサウンドは「実験」というにはあまりに美しすぎるのだ
ボリビア音楽は、ここに新たな命を得て完成したのである。大きな解脱感を残して第3部は終わる。 

それにしてもその指使い、音の細やかさは力強い美しさと新たなる決意に満ちあふれ、これ以上はないという名演だ。オロスコがもし仮にアイマラの結成をしなかったとしても、この演奏を残しただけで永遠にその名前を語り継がれただろう。※5
これら第3部の曲に添えられた形式名 "proyeccion" は「発射」「伝播」「普及」といった意味。ボリビア音楽を変えた彼らの決意が伺える。


●WARA "Encontrarte"

【注】
※1 
この3rdアルバム「PAYA」、日本のボリビア音楽ファンの間では長らく2ndと思われていた。ワラのHICHHANIGUA HIKJATATAシリーズのタイトル"MAYA" "PAYA" "QUIMSA" …はアイマラ語で「1」「2」「3」にあたるのだからやむを得ない。一方、プログレファンの間ではHICHHANIGUAシリーズ以前の1stアルバム「EL INCA」(オロスコやルシアーノは参加していない生粋のプログレッシヴ・ロック)が、幻の名作として知られており、LP盤はかつて10万円(!)のプレミアが付いていた、いやいや300万円の値がついた、とまでいわれていた。プログレ専門店で"SAMPLER"と書かれたアヤしげな輸入CDが入手できるのみだったが、WARAが自前のレーベルで2001年に大胆にアレンジし直したリメイク盤を発表したのにともない、ボリビアのHERIBAから復刻版が発売された。

※2
もちろん、タイトル通り、パレードが次々と通り過ぎていくという設定だ。しかし、静かな曲から徐々に盛り上がって熱狂的に終わるこの構成を見よ!

※3
ワラがアウトクトナでもすぐれているという証はこの曲。魂をふるわす名演だ。

※4 
この曲、EGはほとんど聞こえないのだが、なによりも後半でとびだすペドロ・サンヒネスのキーボードの盛り上がりが異常にカッコイイ。

※5 
なぜかオロスコばかり誉めてしまったが、なによりこのアルバムを決定づけているのは、ギターのカルロス・ダサとボーカルのダンテ・ウスキアーノ両氏の作曲である。プレイ面ではダサのAGが特筆に値する。9曲目IMILLITAのイントロにあたるPRIMER AMOR (M-10) のソロ、そして終曲LEYENDASにおけるチャランゴとの競演の美しさ、叙情性。もう言葉もでないよ。



【アルバム・データ】
<LP>
WARA / HICHHANIGUA HIKJATATA "PAYA"(1976)
DISCO LANDIA (BOLIVIA)
1 FIESTA AYMARA (estampa tradicional)
2 ACHACHILAS (danza)
3 MENTIROSITA (cueca)
4 FLOR DE ROSA (huayn~o)
5 JAPIRICUSPI (huayn~o)
6 JAIRA CONTENTO (huayn~o)
7 ENCONTRARTE (proyeccion)
8 PRIMER AMOR (preludio)
9 IMILLITA (proyeccion)
10 LEYENDAS (proyeccion)

<CD>
WARA "MAYA / PAYA"
CD-13822 ( 1993 )
DISCO LANDIA (BOLIVIA)

●1976年に発売されたLPは当然、廃盤。
 ただし、ボリビアではレコードが製作されなくなる時期まで店頭にあったようだ。

●現在は、75年に発表された「HICHHANIGUA HIKJATATA(今見つけられなければならないもの)」シリーズの第一弾「MAYA」とのカップリングで2IN1CDとして発売されている。

●1枚にしちゃうと構成が全くわからないばかりか、聴いていてさすがに疲れてしまうので、是非ともすぐにPAYAだけ1枚のCD-Rに焼くか、MDやHDに落とすなりして楽しむことをおすすめする。


●追加('14.4/3)
2009年にデジタルリマスター盤がリリースされた。

WARA / "PAYA"
CD-13277(2009)
DISCO LANDIA (BOLIVIA)

●せっかくのデジパック仕様なのに、数年間かけてリイシューされたWARAのどの旧作も元のLPジャケを復刻しようとせず、トリミングするわ、変なデザイン加えるわ。
●でもまあ、冷静になればボリビアでデジパック出すだけでも上等。喜ぼう。


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