カルカスのダ・ヴィンチ・コード
2006-06-16 Fri 01:40


【KJARKAS / "Canto a la mujer de mi pueblo " 】(1982)


あくまで仮説なのだが。
カルカスの名をボリビアのカリスマ的存在へと押し上げ、汎ラテンアメリカ的な大ヒットをもたらした歴史的名盤『Canto a la mujer de mi pueblo』は、実は女性達へのメッセージとして制作されたのではないだろうか。

考えすぎでしょ。

…といわれれば、それまでなのである。

コンセプトアルバムというスタイルをとっているわけではないし。
そもそも、彼らがそのようなアルバムを出したことは一度としてないのだから。

それでも、あえて、このアルバムがコンセプトアルバムのような形態を密かにとっている可能性をここに示してみたい。

さて、その根拠だが…。
このアルバムに収録されているヴォーカルナンバー7曲中、すべてが「我が故郷の女性たちへ」捧げられた曲といっても通じそうな曲なのだ。※1

1)「wa ya yay / ワ・ヤ・ヤ・イ」で
   今日 オレの苦悩をお前に話そう
   今日 オレの魂の中の孤独
      オレの悲しい絶望 
      そして抱き続け来た幻想とユメをお前に話そう

…と、苦悩も悲しみもユメもすべてを語り、

2)「Siempre he de adrarte / いつもあなたを」では
   いつも君を想ってる
   君の愛がオレの心に届いたら
   オレは毎日ハッピー
   そして君のために幸せな世界を創るよ

…と、を語り、

3)「por un mundo nuevo / 新しき世界のために」で
   さあ一緒に この大地に場所をさがそう
   我々の家庭を作るその場所を
   ああ なんて幸せな私
   愛いっぱいの笑顔と抱擁に包まれて

…と、自分の居場所と存在意義を勝ち得た、愛いっぱいの幸せを語り、

4)「Surimana / スリマナ」では
   オレとお前は一緒にいられないと思ってるかも知れないけれど
   お前のプライド捨てて オレと一緒に暮らしてほしい

…と、一緒になれないパターンもフォローして、

5)「Canto a la mujer de mi pueblo / 我が故郷の少女たちへ 」では
   誰がお前の夢を見守っていくの?
   誰がお前のお下げ髪を編んでくれたの?
   お前が人生で恋に目覚めたとき
   少女よ お前の髪飾りは行ってしまうんだよ

…と、村から都会へ来て暮らす少女達へ、変わらぬ優しさ母への愛を求め、

6)「Llorndo se fue / 泣きながら」で
   君は泣きながら この愛を思い出しているだろう
   気にもとめていなかった あの日々を

…と、失恋も語っちゃうし、

8)「CAPINOTEN~A / カピノータの娘」では
   カピノータの娘達よ
   お前を好きとか お前を失うだの
   オレは死んじゃう前に言うぜ!

…とか勝手にすりゃいいだろーばーか、とか言いたくなるようなものも。

とにかく、すべての女性達へのメッセージソングだったのでは?と思わせるラインナップなのである。

カルカスはラブソング好きだから、当然じゃないか…というご意見もあろう。
しかし、当時のカルカスのアルバム。
どれも地味ぃ~~ではあるが、彼らなりの社会派メッセージソングや祖国・故郷を思う曲とでもいうべきナンバーの色も強めに打ち出されている。
だから、すべての曲が「君への愛の歌」ばかりというイメージは、正しいとはいえない。

なのに、このアルバムでは、人生を歌った歌も、共同体を歌った歌も、変わりゆく社会を歌った歌も、すべて女性へのメッセージとして歌われている。

考えすぎ?

いや、でもね。
アルバムタイトル曲「Canto a la mujer de mi pueblo」。

なんで「mujer(女性)」なのか。
曲中では「nin~a(少女)」「mujercita(少女)」としか歌われていないのだ。
この曲の内容はあくまで少女へのメッセージソングであり、「Canto a la nin~a de mi pueblo」か「Canto a la mujercita de mi pueblo」というタイトルであるべきだ。

とどのつまり。
のタイトルとしては「我が故郷の少女たちへ」でいいのだ。
しかし、アルバムのタイトルとしては、全曲、すべてのシチュエーションをふまえて「我が故郷の女性たちへ」との意味が含まれている単語でなくてはならない。
そこで「nin~a」「mujercita」ではなく、「mujer」という単語が選ばれたのではなかろうか。
都会のポップスが、都会の女性……ボリビアでは少数の階級にすぎない人たち……しか対象にしていないのに対し、彼らはボリビアのすべての女性を対象にした歌を歌いたかったのではないか。

「我が故郷」といっても、カルカスの故郷・コチャバンバに限定する必要は決してない。
ポトシの人、ラ・パスの人、オルーロの人、ペルーの人、メキシコの人…聴く人が、「それぞれの故郷と女性」を想いながら、このアルバムに針を落としたに違いない。
女性は自分に向けられた「メッセージ」に浸りながら、ラジオに耳を傾けたに違いない。

……まあ、どうであろうと、カルカスの斬新なアレンジ、コードワーク、新鮮なヴォーカル・コーラスが世界中を驚かせ、カルカスの地位を不動のものにした。
名盤だ。
ワ・ヤ・ヤ・イ」「ジョランド・セ・フエ※2は汎ラテンアメリカ的大ヒットを記録し、しかも「シエンプレ・アドラルテ」「ポル・ウン・ムンド・ヌエボ」「プル・ルナス」など名曲が揃いぶみ。


"Llorando Se Fue" 

私の葬式ではこのアルバムを流して欲しい。
それくらいの名盤といえば伝わるか。

ところで話を戻すけど、やっぱり考えすぎ?







…考えすぎかも。


【注】
※1
ただし、3曲のインスト曲のタイトルはメッセージとは全然関係ない(笑)
「MAMITA SURUMI」はケチュア語で「母なるスルミ」といった意味で、地名だし。
「TATA SABAYA」はケチュア語で「父なるサバヤ様」といった意味で、火山だし。
「PHURU RUNAS」に至ってはケチュア語で鳥人の事だろう。カルカスのロゴの「K」になってるあれだ。ボリビアの誇りでもある「太陽の門」のレリーフだ。

※2 
有名な話をひとつ。
82年にラテンアメリカ圏でヒットしたこの曲(LLORANDO SE FUE)を、1970年頃バイーアで生まれたリズム「ランバーダ」にのせてカバー、世界中でヒットしたものがカオマの「ランバダ(CHORANDO SE FOI)」だ。もっとも、このバンドはブラジル本国で終息方向にあったランバーダ・ブームに目を付けたフランス人によって仕掛けられた世界規模の大型企画だった。ブラジルの楽曲著作権を買い集め、ブラジルやアフリカの実力派ミュージシャンを精選して結成されたカオマは89年にこの曲を発表。翌90年には世界的な大ヒットとなるが、ジャケットにウリーセスやゴンサロのクレジットはなく、カオマのベーシスト、シコ・デ・オリベイラのオリジナル曲とされていた。当時、ボリビアには著作権の法的制度が確立されておらず、裁判を起こすにも大困難が伴ったようである。91年にはABAIEM(ボリビア演奏家協会)が成立し、92年4月に著作権が法的に確立された。ちなみにヒット曲のほとんどを手がけていた稀有の才能を持つウリーセスは、92年4月4日、34歳の若さで白血病のため亡くなっている。


【アルバム・データ】
<LP>
KJARKAS "Canto a la mujer de mi pueblo" (1982)
LAURO RECORDOS LPRP/S-1408 (BOLIVIA)

01.WA YA YAY (huayn~o)
02.SIEMPRE HE DE ADORARTE (chuntunqui)
03.POR UN MUNDO NUEVO (huayn~o)
04.TATA SABAYA (huayn~o)
05.PHURU RUNAS (huayn~o)
06.SURIMANA (huayn~o)
07.CANTO A LA MUJER DE MI PUEBLO (chuntunqui)
08.LLORANDO SE FUE (saya)
09.MAMITA SURUMI (huayn~o)
10.CAPINOTEN~A (huayn~o)
<CD>
KJARKAS "Canto a la mujer de mi pueblo" (1999)
LAURO RECORDS LCD 0176 (BOLIVIA)

●もちろんLPは廃盤だが、ボリビアで99年にCD復刻された。
●日本でも84年に、ヤマハ世界歌謡祭エントリー曲「FLORCITA AZUR」と「PUEBLOS PERDIDOS」を加え、「カルカス / 小さな青い花」(ポリドール 25MM 0387) のタイトルで国内盤のLPが発売されている。ボーナストラックはLP "PUEBLO PERDIDOS"に収録されたバージョンではなく、日本盤のみの貴重なトラック。「ランバダ騒ぎ」の際には同音源がCD化された。過剰なノイズリダクションでリミックスは最悪。「カルカス/ 泣きながら」(ポリドールPOCP-1006)。


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風は歌い、野獣は叫ぶ……サンタナ
2006-06-09 Fri 00:12


【SANTANA / "ABRAXAS" 】(1970)


いや、でも実際いないよね。ラテン聴くヤツって。

あなたのクラスで、または職場で。
クラスメイト、
同僚、
上司、
彼女。

会ったときからラテンファンっていた?
ティト・プエンテの大ファンです」っていう中学生とか、
「プエルトリコのボンバプレーナ聴くと、明日も頑張ろうって気になりますぅ」っていうOL

でもこれはみんな聴いてるんじゃないかな。
ラテンロックの英雄、サンタナ。
数年前、様々な若手アーティストとコラボレーションしたアルバム「スーパーナチュラル」でグラミー賞を総ナメにしたことは記憶に新しいと思う。※1
このサイトをご覧いただいている方々は、フォルクローレ・ファンが圧倒的に多いので、「アメリカ商業主義の中で生まれた『ロック』か」なんて人もいるかもしれない。※2
しかし誰が何と言おうと、彼の初期4部作が歴史に残る傑作であることは、まず間違いない。また、あまり語られないけど、ラテンアメリカの音楽界に与えた影響も実は馬鹿にならない。
聴いておいて損はない!

ところで、サンタナを評して「ロックにラテン・パーカッションを導入、云々」という常套句がよくある。
まあ、サンタナのバンド編成の成立過程だけみればその表現は間違っていないのだが、音楽的にその表現はノ・ノ・ノ

多くのファンから最高傑作といまだ謳われ続ける2nd「ABRAXAS / 天の守護神」を聴いてみれば、「ロックにラテン・テイストを加味」なんて言い方が出鱈目だってことはすぐに分かる。
ボレロサンババルスもあれば、メレンゲありーの、ルンバありーの、マンボだとかチャチャチャだとか。
そういったおなじみのラテンのリズムをロックのノリで演奏している、といった方が遙かに近いのだ。
いや、もちろんアルバムによってカラーは変わるし、3rdはロック色(というよりは、サンタナというバンドのオリジナル色)の強いアレンジになっているのは事実だが、それでも彼らのベースは頑固なまでに、あらゆる地域のラテン・リズムなのである。※3

未曾有の傑作「ABRAXAS」は日本でも大ヒットしたアルバムであり、中でも「ブラック・マジック・ウーマン」「僕のリズムを聞いとくれ」などはよく知られている。
多くの日本人がロックを聴いていたつもりで、知らず知らずのうちにラテンの虜になっていたということになる。
サンタナの入門者は、まずこのアルバムから聴いて欲しい。
いきなり、2nd、3rdで神がかり的に完成された世界観を作り上げてしまったサンタナなりのラテン魂。
発表されてから36年。聴けば聴くほど、その凄さに恐れなす永遠の名盤である。


【注】
※1
シングルカットされた"SMOOTH" を、野口五郎が「GORO」名義でカヴァー。タイトルは『愛がメラメラ』。なんでやねん。
※2 
アメリカ人といっても、メキシコ出身。正真正銘のチカーノである。アメリカでは、ますます拡大するヒスパニック層から、ケッツアルやザ・トライブ・オブ・ジプシーズなど自分の血と地面と社会を見つめ直した面白い音楽が続々生まれている。
※3
某世界最大手のネット書店で、サンタナのアルバムのページというページにひたすら「サンタナはラテンではない。どう聞いたってアフリカだ。ラテン音楽は陽気でのんきな音楽だ。サンタナのどこが陽気なのか。アフリカとラテンの違いも分からないヤツは去れ」という書き込みをしまくっている人物がいる。ラテンとアフロの歴史的な関係も知らない己の無知を自慢する様は必見だ。




"Black Magic Woman / Gypsy Queen" 1981年の日本公演。


【アルバム・データ】
<LP>
SANTANA "ABRAXAS" (1970)
COLUMBIA KC30130 (USA)

01.Singing Winds,Crying Beasts
02.Black Magic Woman/Gypsy Queen
03.Oye Como Va
04.Incident At Neshabur
05.Se A Cabo
06.Mother's Daughter
07.Samba Pa Ti
08.Hope You're Feeling Better
09.El Nicoya

<CD>
SANTANA "ABRAXAS" (1970)
SONY MHCP 998
●一応、CDは先月発売されたばかりの日本限定・紙ジャケット盤のレコ番。96年盤はSRCS 9044。
●でもこのアルバムは何度も再発されているのでまだいろんなレコ番があると思われる。


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