新しい大陸が君を待っている…ディアマンテス
2006-08-30 Wed 22:53


【DIAMANTES / Raices 】(1997)


ベーグルにハマった。※1

食べ始めたら止まらない。うますぎる。
軽くトーストして、ときにはクリームチーズを塗ったりして食べる。
外はカリカリ、中はもっちりしたこの独特の「重さ」がたまらない。
ニューヨーカーたちがハマったというのにもうなずける。

ご飯のおかずにも最高だ。
何杯でもご飯をお代わり出来てしまう。
もちろんウソだ。
そんなわけない。
にしてもだ。
いつも1ダースは買ってくるのだが、1日半あればぺろりと食べてしまう。
さだめし麻薬中毒患者ってのは、こんな感じなのだろうか。
いろいろな種類のベーグルを買うと、中には

「なんじゃこりゃ」

というモノに出会わないワケじゃない。
しかし、「次のベーグルはウマイに決まってる」と勝手に決めている。
やめられない。
止まらない。

そんなアルバムだ。

多少、個人的な好みに合わないアルバムがあっても、この1枚の記憶のために
「次のアルバムはスゴイに決まってる」と勝手に決めつけているのだ。
ファンを辞められない。
罪なアルバムである。※2

●モノマネではなく、彼ら自身にしか出せないチャンプルーな音
アルバムの内容・魅力をたとえるならベーグルというより、もんじゃかお好み焼きか、それとも沖縄のチャンプルー料理か。
いやむしろすべてのスパイス・具材がとろとろに溶けたカレーが最適かも知れない。

マリネラ、フェステホをはじめとしたムシカ・クリオージャ、ロッケン・エスパニョール、サルサ、メレンゲ、ルンバ、沖縄……。
アルベルト城間≒DIAMANTES のあらゆる背景・要素が無理なく渾然一体となっている。
まさに「ディアマンテス」以外の何ものでもないサウンド。
よくある意識的かつ生硬な「合体」ではない。
不自然さを微塵も感じさせることのない「有機的な融合」なのである。
みなとろとろに溶けてひとつの音楽となっているのだ。

振り返れば、1st「Okinawa Latina」で提議した新ジャンル"Okinawa Latina" への挑戦からすべては始まった。
Jポップスとしても、ラテンアルバムとしても完成された文脈を持つ3rd「Conquista」の登場(95年)。
そして、5th「Raices」では、ついに新たな音楽(ラテン・オルタナティヴ?)※3としての一つの頂点を築いたのだ。

その秘密は、ディアマンテスの抱えた「多様性」だ。
ペルーのインディヘナ、ミスティ、クリオージョ、アフロ、移民層といった多民族性
沖縄のヤマト、ウチナー、アメリカなどの混在性
・メンバー一人一人の音楽に対する指向性。
…これらを打ち消したり、隠すことなく、すべて表現しようとする。

1st以来一貫したこの「ルーツ≒多様性」の精神がもっとも鮮明に打ち出されたアルバムなのである。
しかも、その上でさらに、新たな音の世界を開拓することに成功しているのだ。
バンド結成以来のコンセプト、アイデンティティを鮮明に打ち出しながらも、昔のサウンドに戻ってしまうのではなく、新しいサウンドを打ち出す。
これがどのようなことかわかるだろうか?
どのミュージシャン/バンドも抱える命題を理想的なカタチで達成して見せたアルバムといってよい。

●あまりにも理想的な完成度のアルバム
後から振り返れば、この後のディアマンテスは新たな体制でスタートするまで、 移籍や存続の問題などいろいろ壁があったように見受けられる。
しかし、マーキュリー(ユニバーサル)最後の作品をこれだけの名作で飾れたことは誇りといっていいし、 ある意味では、日本のラテン音楽界もここまで来たという、金字塔と言っていい。

サウンドに統一感を持たせるため、曲の取捨選択※4、ミクスチュア※5も計算。
デザインはもちろんフォントから紙質に至るジャケットヴィジュアル面までをもサウンドとリンクさせたアルバム。

名盤以外の何ものでもないじゃないか。
心して聴くべし。

それではシナモンベーグルでも食べながら、聴くとするかな…。
むむ。いつの間にか3個だけ…。

【注】
※1
パン屋さんのパンみたいなヤツはベーグルじゃない。円形になっているだけで「純粋のパンじゃないのコレ?」みたいのがまれにある。ベーグル専門店のもちもちしたものが良い。もちろん本当にウマイ専門店は1・2ヶ月先も予約でいっぱいなんてのもあるようだが、全国展開しているチェーン店のモノでもウマものはウマイ。

※2
前作「VIVA!!ディアマンテス」で物足りなさを感じた一部ファンには熱狂的に受け入れられた大傑作。 あくまで私の個人的印象にすぎないが、前作は清水信之プロデュースによる極端なポップス化によって、アルバムとしてのまとまりに欠けた嫌いがあると思っていた。

演歌の情念をルンバのカントで表現しようとした「ENKANTO」や、かつてペルーへ移住した祖父母の想いをフォルクローレの表現を借りて歌った「回れ!風車」、TARBOのE.Gがほえまくる「ETERNA PASION」など各楽曲は非常に傑作ぞろいなのに、アルバムトータルとしての面白味や盛上がりには、なぜか欠けると。実は、この傾向は最近数枚のアルバムにもいえるような気がしていた。

しかし、アルバムごとにどういう傾向のものを出してくるか
わからない点が、実は彼らの最大の魅力なのだということに最近遅まきながら気付いた次第。ハードなラテンロックアルバムからポップス色の強いアルバムまで魅力全開。ファンにありがちな「ディアマンテスはこういうバンドなのだ」という規定や決めつけは無意味。

これからどう出てくるかわからない。
まさにそれを象徴するアルバムじゃないか。

ファンは辞められない。

※3
最近、公式HPで、このアルバムを「ラテン・オルタナ・ロック」とする表現が追記された。なるほど。

※4
レコーディングされながらも、このアルバムのコンセプトから外れるとして、CDに収録されなかった曲(「Si tu no estas」「Ponte Genki」「Tu Carol」)はマキシ・シングル「Eisa special e.p. / DIAMANTES」に収録された。

※5
電気グルーヴなどのレコーディングエンジニアとして知られる上原キコウがレコーディングを担当。Low-Fi なサウンドがアルバムの色彩感を引き締めている。また、このアルバムは1st 以来、3年ぶりのセルフプロデュースアルバムだったが、M-4のフェステホを上原キコウがプロデュース、ミックスダウン。ディアマンテスの数あるムシカ・クリオージャの中でも本場モノに負けない最もおもしろい作品に仕上がった。



【アルバム・データ】
<CD>
"DIAMANTES / Raices" (1997)
マーキュリーミュージックエンターテインメントPHCL- 5063(Japon)
01 MUCHAS GRACIAS
02 IN PARK AVENUE
03 GLORIA
04 Y TOMANDO CAFE
05 MIRA
06 EISA
07 SALGAN DE SU CASA~ BAILA GAMBOLEO
08 LATIDO SALVAJE
09 CANTARE
10 TODOS VUERVEN

●このアルバムは曲と曲が繋がっているモノが多く、i-Tunesで聴くと、曲間でプツプツ音が切れる。DIAMANTESの音源はi-TMSでもDL購入できるのだが、いったいこのアルバムに関してはどうやって販売してるのだろう?
●・・・と書いたが、これは昔の i - Tunesの話。今の i -Tunesでは対応済み。これで70年全盛期の洋楽アルバムも安心して聴けるね!

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へたくそ? だから何?…グルーポ・ウマラ
2006-08-20 Sun 22:01

【Grupo UMALA / VOLVERE】(1992)

もうかれこれ10年はたったと思う。
そろそろ言ってもいいだろう。
ある御仁がビデオを見ながら
「ウマラって本当へたくそだな。日本人の方がよっぽどうまい」
と言ったのをよく覚えている。

当時、その「へたくそ」なウマラのLPにはまっていたのが、何を隠そうこの私だ。
「何だと、この野郎」
「この野郎とは何だ、サルモネラ菌め」
「うるせーお前の母ちゃんデベソ」と低次元の罵り合いになり、
相手を鉄弦チャランゴで15回殴打し※1、全治9ヶ月の怪我を負わせてしまった



…というのはウソ。
本当のところは(なるほど。そういう見方もあるか)とちょっとショックだった。

確かに日本人は、何するにしても器用だよ。うまいよ。巧い。巧みだね。匠十段だ。※2
だって我々は、お箸でご飯粒を一粒ずつ持てるんだからね!(←?)※3
でも「俺たちの方がうまい」だけで威張れるのか

Grupo UMALA
今まで紹介してきたいろいろなアーティストのように、
新しい可能性を開いたとか、芸術的な完成度のアルバムを作ったとか、そういう特長は皆無である。
しょせん、私が今までのアルバム紹介で罵詈雑言を浴びせかけてきた「コチャバンバ系ライク・カルカス」なコンフントにすぎない。

しかも、ほかのグループがカルカスの洗練さをこぞって身につけ、
女の子ファンを身悶えさせるようなヴォーカル、アレンジ、メロディを競った時期に
それもせず(できず?)、力の限り歌うだけ演奏するだけ踊るだけ(?)。
いや、踊っているところは見たことないけど、絶対レコーディング中にスタジオで踊ってるって!
…と、そう思わせるようなノリ重視の演奏。
洗練性かけらもない
繊細さなんか、くそ喰らえ
お前ら本当にカルカスの模倣、パクリ、ライク・カルカスとしての自覚があるのか!といいたくなるような男臭さだ。

そう。
うまいだけがすべてじゃない。
こんな荒削りで、繊細さのかけらもない、だからこそカッコいい音楽なんてボリビア人にしか演奏できないじゃないか!

「カルロス・サンタナなんて、さほどテクがあるわけじゃないんですよ。ニール・ショーンの方が遥かにうまい」なんて、
さかしらげに説いている人を見たことがあるが、「だから何よ」と言いたい。
じゃあ、いまだに多くの人々がサンタナのギターに心を動かすのを君はどう思うのか。※4

「カブールなんか、そんなにテクニシャンじゃないですよ」なんて、
したり顔でいう人がいるらしいが、「だから何だ」と問いたい。
じゃあ、あの恐ろしいまでの「俺節」を超越し、君は「自分だけの音楽」を創造できるのか。

そう。
テクニックは自分が表現したいものを伝えるのに絶対必要な要素ではある。それは事実だ。
しかし一番大切なのは「表現すべきもの」を持っているかどうかであって、
テクニックはその表現のための手段にすぎないということだ。

いろんな意味でボリビアまるだしのこのLP。
この荒削りなノリとカッコよさの追求は、むしろ初期カルカスの正統な継承者とは言えまいか。
世間ではいかに評価されなくとも、私はこのアルバムを心からカッコいいと思うぜ!




いや、どう考えても、彼ら「何かを表現したい」って柄じゃないし、
そういう音楽じゃないような気もするけど(笑) ※5


●"volvere" ……この際、「なぜこんな画面なのか」には目を瞑ってもらおう。

【注】
※1 
弦が鉄製のチャランゴ。楽器。鈍器ではないし、武器としても使えない。

※2 
いやあ、あんなハンバーガー食ったことないよ。バンズもきちんと焼いてあるし、アボカドもうまいうまい。

※3 
最近の生徒の箸使いを見ていると、まともに箸を使えるのはクラスに1人か2人くらいだ。鉛筆の握り方も同様。スゴい時代がきたものだ。

※4 
カルロス・サンタナは「サンタナ」のリーダーでギタリスト(「風は歌い、野獣は叫ぶ…サンタナ」の項を参照)。ニール・ショーンは3rdアルバムに参入した超絶天才ギタリスト。4thアルバム「キャラバンサライ」を制作中にカルロスのヒンズー教への偏重ぶりなどが原因でバンドが分裂。ニール・ショーンは脱退して後、ジャーニーを結成した。

※5 
今までご紹介してきた「名盤」のほとんどは、アーティストがLPやCDという枠で意識的になにがしかを表現しようとしたものが中心だ。しかし、ウマラの場合はカルカス・スタイルという洗練性を追求するジャンルでありながら、
「無意識に」地金がでているだけ(笑)でも、だからこそボリビア人らしさが出ていて、イイカンジなのである。

【アルバム・データ】
<LP>
"Grupo UMALA / VOLVERE" (1992)
BO/LRL1659 Lauro Rcords (Bolivia)

1 VOLVERE (tinku)
2 EN TU AUCENCIA (cueca)
3 A LA FIESTA (huayn~o)
4 TU SILUETA (chuntunqui)
5 DESPENDIDA (tonada-ronda)
6 A DONDE VAS CORAZON (taquirari)
7 KJAWARIWAY (tinku)
8 MORENA KOLLA (morenada)
9 YAMPARENITA (huayn~o)
10 BOQUITA DE MIEL (saya)
11 ARI CARAY (tinku)
12 YAYAKARWI (trote)
●CDになるわけない…。


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