ロス・ハイバスのシェフお薦めロックソース和え
2008-07-21 Mon 03:15

【 LOS JAIVAS 】(1975)

寒風吹きすさぶロシアのうらさびれた漁村。
すきま風が入ってきそうな食堂でコース料理を頼んだとする。

・最初の皿からキャビア。おおっ。
・次の皿もキャビア。すげえ。
・次もキャビア。え。
・メインもキャビア。うぷ。
・とどめにキャビア。おえ。
・デザートにキャビア。……(トイレへ)。

30年前の民俗音楽やら民謡やらのお土産カセットな展開だ。
これが三つ星ホテルかなんかのレストランともなればこうなる。

・皿ごとに様々な食材を使い分ける。
・順番を考慮して客が飽きないコースを考える。
・食べ終わった後の「フィニッシュ感」「幸せ感」。
 さすが交響曲の文化。聖書の文化。段取りの文化である。※1

国際的メジャーレーベルEMIと契約、再起デビューの心意気で臨んだロス・ハイバスの75年のアルバムは、まさにそんな一品なのである。※2
様々な国のリズムに見事なアレンジを施して我々を飽きさせない6皿。
ガローパ、グアヒラ、カルナバルなど1品1品のメニューに緩急をつけてバラエティに富んでいる。

そもそも今回、偶発性重視のインプロヴィゼーション・デスカルガバンドという印象をリセット。偶発的な化学反応が楽しいぶっかけ飯はもうやめた、ということか。計算されたドラマ性重視のプログレ・バンドとして再出発を図ったのである。


【M-1】
パラグアイのリズム、ガローパ galopa。8分6拍子と4分3拍子の混合リズム。ここでフィーチュアされているメロディはアルパの古典的名曲「pajaro campana」である。最初はまっとうにアルパがソロをとり、そのメロディをエレキギター、そしてピアノ → チャランゴ → エレキギターと受け継いで盛り上がっていく。

【M-2】
マイナーなピアノ・ソロを導入に配して静かに幕開け。シンフォとサイケが混合したようなグアヒラ guajira(キューバ山岳農民の8分6拍子と4分3拍子の混合リズム)を展開。電子オルガンによるSFチックなクロージングがただのグアヒラでないところ。

【M-3】
対旋律のピアノ/エレキギターが印象的なボリビアのカルナバル carnaval(8分の6拍子と3分の2拍子の混合拍子)。

【M-4】
またしてもキューバだが、今度はカリブアフロ系の8分6拍子リズムであるルンバ rumba

【M-5】
おやおや、今度は2拍子系。ペルーのウァイラシュ huaylashはウァイノの一種。

【M-6】
とどめはシンフォニック・タルケアーダとでも言うべき13分以上にもわたる組曲。ボリビア鉱山の悪魔ティオの踊りであるディアブラーダ diabladaから幕開け。本来、タルカというえらく乱暴な音を吐き出す笛の集団と太鼓だけの超弩級暴走族的民族音楽なのだが、これをエレキギターで再現したところがスゴい。う~む、タルケアーダのあの迫力はディストーションかけまくったギターの迫力と相通じるところがあったとは。目から鱗が落ちる落ちる。ピアノが情感たっぷり、落差たっぷりに登場した後、チリが発祥とされるトローテ troteで駆け抜け、ダブルピアノとドラムスが超絶技巧で盛り上げまくり。その後、アルパとピアノ、木管が美しい三重奏エピローグへと移行する。う~ん、なんて名曲。


さて、もうお気づきだろうか。
アルバム全体の構成は南米各国の様々な形式を使用した曲作り。パラグアイ、キューバ、ボリビア、チリ……。その多くが6/8拍子系リズム
こうした南米特有のリズム形式は各国でクリオージョ音楽とネグロ音楽が融合して出来たもの。クーデターで外国へ拠点を移さざるを得なかった彼らの主張を強く感じるではないか。70年代当時、ラテンアメリカの民主化を求める人々が頻繁に訴えた「ラテンアメリカ諸国はひとつ」を言葉ではなく音楽で表してみせたアルバムなのだ。もちろん如才なく先住民族系の2拍子(ディアブラーダやウァイラシュ)もラスト2曲に持ってきて南アメリカの根源もきちんと確認。

このアルバムのシェフの力。
それは、バラバラな各国伝統料理を1つのコースにまとめるためにロックというソースで味付けする力。古くさい料理と思われがちな各国伝統料理の美味しさをロックというソースを使って、再発見させようとする力なのである。

だから、この料理はロックかもしれない。
しかし、フォルクローレ以上にフォルクローレかもしれないのである。



【注】
※1
コース料理・交響曲・聖書に共通するものってなあに?答えは「物事には順序があり最後はクライマックスを迎えて終結する」ということ。今の日本人にとっては「それが何?当たり前じゃん」と感じるかも知れない。だが、この感覚、最初から世界中にあった訳じゃない。こういう感覚は欧米から世界に発信された「文化」なのである。世界中の民族音楽を聴いてみたまえ。アウトクトナなんかAメロとBメロを死ぬまで繰り返してるだけじゃないか。適当に始まって適当に終わるケースがほとんどなのだ(こうしたクラシックの特殊性に関しては許光俊氏の『クラシックを聴け!』(青弓社刊)に詳しい)。

つい30年ほど前には日本人もかなり多くの人々が、独自の時間感覚を持っていたはずだ。「時間は循環している」という感覚だ。大晦日をもって1年間は終了し、新たに元旦をもって世界は生まれ変わる。永遠にその繰り返し。これが農耕民族の持つ時間感覚である。私個人の記憶でも高校生くらいまでは、大晦日と元旦は確かに特殊な日だった。この境界線を越えることで世界も自分も完全に生まれ変わったような気が確かにしたものだ。さすがに我々の世代は「干支」という時間感覚は失っていたが、車輪のような1年間という時間の感覚をさらに大きくすると、当然それは直線的歴史観ではなく、干支に見られるような循環的歴史観にもなるのである。しかし、バブル以降、24時間営業のコンビニと深夜放送が発達。「時間のけじめ」というものがなくなった今、千年以上にわたって日本人が培ってきた農耕民としての独自の時間感覚やハレとケの感覚は完全に崩壊した。今や、映画・テレビ・歌・人生……どれもクライマックスが存在するものだと我々は思い込んでいる。時間は直線的に進み、終結を迎えるべきものだと考えている。コース料理や交響曲、聖書の感覚がまさか我々の時間感覚を変えてしまったと一体どれだけの日本人が自覚しているか。そう考えるとすごいよねえ。

※2
それまで3枚(デビューアルバムリリース以前に自主制作LPがライヴ会場で500枚のみリリースされていたことが判明、これをあわせれば4枚)のアルバムがリリースされていたが、国際的メジャーレーベルへ移籍したハイバスにとって、このアルバムは事実上の世界デビューとなった。

そのため、このアルバムはいきおい1stアルバム的な扱いとなり、"Los Jaivas"とタイトルがつけられた。実は"Todos Juntos"が収録されたことで有名な '72年の国内デビューアルバムのタイトルも"Los Jaivas"。そこで、ファンの間ではジャケットの絵柄から'72年盤を"La Ventana"、'75年盤を"Indio"と呼んで区別している。



●"Tarka y Ocarina"

【アルバム・データ】
<LP>
"LOS JAIVAS" (1975)
EMI Odeon 2C066-82.273 (Chile)
1. PREGON PARA ILUMINARSE
2 . GUAJIRA COSMICA
3. LA CONQUISTADA
4. UN MAR DE GENTE
5. UN DIA DE TUS DIAS
6. TARKA Y OCARINA : Diablada - Trote - Kotaiki

<CD>
"LOS JAIVAS" (1994)
EMI Odeon 710-831251 (Chile)

●どうもリマスター盤が最近でたようだ。ただし、94年のCDと違ってシングル曲が2曲追加収録されているらしい。
●喜ぶ人もいるのかもしれないが、アルバムとしての構成を考えると、どうなのだ。


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