ロマンチックあげるよ……ヌエバス・ライセス
2012-02-26 Sun 18:35

【 NUEVAS RAICES / FLORCITAY DEL CAMPO 】(1990)

あくまで80年代の話だが。
ボリビア・フォルクローレの不動の地位を誇っていたのはやはりカルカスだった。そのスタイルを真似たバンドでボリビア音楽市場は溢れかえった。まるでそれ以外の音楽はないかのような錯覚を覚えるほど。しかし、ものまねしょせんものまね。悲しいかな、カルカスを超えるようなバンドがなかなか現れない。

それは当たり前だ。

カルカスには表現したい独自の世界があり、そのためにあのアレンジ、スタイルを独自に生み出し、そのサウンドのために新しい楽器「ロンロコ」まで作るという徹底ぶりだったのだ。当時の若手がただの憧れでカルカスの真似をしても、これではカルカスにかなうはずがない。本当に「表現したいこと」があれば、それにそった手法をとるべきなのである。カルカス自身がそうであったように。そうでなくば、ただの劣化コピーにすぎない。


●確かにカルカス・スタイルなのに
では80年代、雨後のタケノコのように溢れかえったカルカス・スタイルのバンドはみんなダメなのか。いや、カルカス・スタイルを継承してなおかつ独自の世界をつくり、傑作を生み出すというバンドもいくつか存在していた。

その一つがヌエバス・ライセス Nuevas Raices である。
ラパス出身者のサウンドは、丸山由紀氏の表現を借りれば「エッジの立った」傾向を持つことが多い※1。しかし、彼らはラパス出身でありながら、ある意味カルカス以上にカルカス的コチャバンバ・サウンドを突き詰めたバンドである。

ボンボでドン・ドン・ドンドンドンとリズムを取る。
ギターは、いわばベースのようなパートを担当。
チャランゴがリズムを取る中、美声のボーカルが流れる。
歌のサビの後は、サンポーニャがソロでメロをとる……。


確かに、聴いてみれば完璧なカルカス・スタイル。なのに、リズムの取り方なのか、歌い方なのか、とにかく全てが美しい。

●カルカスにない表現「ゆったり」
彼らの手にかかれば、ウァイニョも、カルナバルも、バイレシートも、サヤも、モレナーダも全てのサウンドが独自のヌエバス・ライセス節。なんか耳元でゆったりと囁くみたいに歌う(実際にはとりたててテンポが遅いというわけではないのに、「ゆったり」感じてしまう!)。

それでいて、アルバム1枚を飽きさせることなく、あの手この手と話題も豊富。聴かせる。これはモテるわ(←?)。どちらかというとスピードチューンとかバーバリスティック系に燃えちゃう私が、このアルバムにメロメロなあたりでもう説明不要。カルカスの多数ある要素の中から、「モテモテ」要素を抽出したとしか思えないほどの徹底したコンセプトづくり。いや、この「ゆったり囁き」加減はカルカスにはない! もうロマンチックがとまらない。殿っ、陥落ですぞー(←?)。

単にコーラスが美しいというだけならグルーポ・アマル Grupo AMARUに任せておけば良いのである。リズムの切り方、ボーカルやコーラスの取り方、アレンジの手法、全てがヌエバス・ライセス独自のサウンド、彼らの演奏だけが持つ独特の世界観がある。

結局、聴きたいのはそういったオリジナルのサウンドなのだ。
聴いたことのない新しい世界を見せられた時、我々は「名盤だ」って興奮する訳だ。※2

【注】

月刊『ラティーナ』「ボリビア音楽再入門講座 動きゆくフォルクローレ・シーンは今」瀬木貴将(談)丸山由紀(文)1998年6月号

現在、結成時より残っているメンバーはハビエル・マンティージャ1名のみ。当然、そのコンセプトは維持できず、一聴して分かるようなサウンドの特徴は現在は持っていない。名前が同じだけで根本的に全く別のバンドになったと考えるべき。



●"Florcitay del Campo"


●"A Bolivia"


【アルバム・データ】
<LP>
"NUEVAS RAICES / FLORCITAY DEL CAMPO"
SLC-13690(1990)
Disco LandiaLYRA/(BOLIVIA)

01 FLORCITAY DEL CAMPO (huayn~o)
02 PARA DECIRTE ADIOS (cueca)
03 EL CARRETERO (taquirari)
04 QUIERO SABER (saya)
05 CUANDO AMANEZCA (polka)
06 DEJAME ABRAZARTE (sicuri)
07 A BOLIVIA (cueca)
08 SIN SABER DE TI (taquirari)
09 SIEMPRE TE ESPERO (saya)
10 COPACABENEN~A (K'aschuiri)
●当然というか、やっぱりというかこのままの形でのCD化はされていない。


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それはハイラス以上にハイラス!……ロス・カンカス
2012-02-01 Wed 21:58

【LOS KHANKAS / bandoleros 】(1977)


ボリビアのバンドには頻繁なメンバーチェンジはつきものなのである。

え、そんなのいずこも同じだって?

いやいや、単に「メンバーが入れ替わる」では済まないケースがあるのだ。
なんと、元のメンバーが全員いなくなってしまう(!)ということも珍しくない。
気付いたら全く別のバンドに入れ替わっていたという70年代海外SFみたいな例が普通に見られるのである。

ヌエバス・ライセス、ハッチャ・マリュク、ルス・デル・アンデ、ティンクイ……。※1

第一、ボリビア・ネオフォルクローレの基礎を築き上げ、革新を起こした伝説のロス・ハイラスからして、事実上の総入れ替え状態。
そんなことでよいのか、ロス・ハイラス……。

そもそもロス・ハイラスが絶賛された最大の要因は、ヒルベルト・ファブレの緊張感みなぎる力強いケーナ、エルネスト・カブールの超絶自在なチャランゴといったポスト・ロックな革新性にあるといってよいだろう。鄙びた音楽に過ぎなかったフォルクローレのイメージを完全に覆す表現・奏法を彼らが編み出し、新たな音楽を作った開拓者としてリスペクトされていたわけだ。しかし、70年代に突入するや、カブールの脱退を機にハイラスはバラバラに。その後、ボーカルのヤヨ・ホフレが「ヤヨ・ホフレ・イ・ロス・ハイラス」としてハイラスの名前を引き継いでいる。

だが、その後リリースされたアルバムを聴いてもカブール、ファブレのいないハイラスはどちらかというと、単にヤヨ・ホフレのバックバンドといった風情である。

しかし、諸君、がっかりするなかれ。
ハイラス以上にハイラスであり、なおかつハイラスをより過激にしたグループが突如現れる。

そう、ファブレとジャン・ビダラックが74年に結成した「ロス・カンカス(当初は「ロス・グリンゴス」)」だ。

このバンド、77年にアルバム「Bandoleros」をリリースしている。このアルバムを聴くとファブレが、かなりの意気込みで「俺たちこそハイラスである」と主張しているように思われるのだ。まずジャケットからしてハイラスの名盤「Bolivia con Los Jairas」そっくり。また、アルバムタイトル『バンドレーロス』は、「演奏者」と「怠け者」のダブルミーニングになっており、こんなところにも「俺たちこそハイラス(「怠け者」)だ!」てな主張がびしばし伝わってくるのである。


●LOS JAIRAS "Bolivia con Los Jairas"(1966)

もちろん、ただ単に「ハイラス時代の音を再現しています」ってなバンドなら、それは精巧なコピーバンドに過ぎず、こんなところでご紹介したりはしない。ハイラスの正統を主張しながらも、時代の要請に合わせにサウンドに変化を加えているところがスゴいのだ。
このアルバムがリリースされた77年頃といえば、ハイラスが作った「ボリビア音楽」がさらに次のステップへ移行しようとしている時期である。

例えば、ルーパイがフランスにおいてサンポーニャをメインにしたアウトクトナ・ナンバー「ハッチャ・ウル」で成功を収めたのが76年。そのボリビア盤が凱旋リリースされたのが77年。アウトクトナにナレーションを組み合わせ、コンセプチュアルに作られたカナタの名盤「KANATA」)がリリースされたのも77年なのだ。※2

こうしたアウトクトナのアルバムが次から次へとリリースされるようになり、野趣に溢れたサンポーニャのサウンドが認知されるようになると、純然たるアウトクトナ以外の音楽にもその激しいサウンドを取り込もうという動きがさらに活発化する。すでに
ワラは76年までに「HICHANIGUA HICATATA」シリーズの「MAYA」と「PAYA」を発表してアウトクトナとクリオージョの融合を図っている。また、76年にリリースされたカルカスのデビューアルバムや77年にリリースされているサビア・アンディーナの3枚目のアルバムを聴いても、「フォルクローレと言えばケーナ」という時代は終わり、サンポーニャが強い印象を残しているのである。

もし、ファブレやカブールが脱退せずに、そのままハイラスが時代に合わせた進化をしていたらどうなるか。
そのシミュレーションのような感覚がカンカスのサウンドにはある。

ファブレがいくら伝説のケニスタであったとしても、主メロをケーナばかりで構成するようなアルバムではない。サンポーニャの激しいアタック音でアルバムに彩りを増やしているのだ。もちろん主役はビエントスだけではない。アルバムにジックリと耳を傾けると、ほとんどカブールそっくりなチャランゴまで暴走気味に再現。その疾走感は特筆もの。また、ギターが80年代のポップ路線のようにバックに回ることなく、痺れそうなソロをとって前面に出てくるところなんざカッコよすぎ。

メンバーを知りたいところだが、残念ながらジャケットにクレジットがないのでわからない。だが、写真を見る限りハイラス出身メンバーはファブレのみのようだ。なのにもかかわらず、そのサウンドは極めてハイラスっぽい。いや、語弊があるかもしれないが、ハイラス以上にハイラスっぽいのである。

メンバーがそろっているわけでもないのにハイラスの正統進化が聴ける喜び。
なんたる感動。

【注】
※1 
有名どころばかりで意外に思われるかもしれないが、まあ、有名どころだからこそ、オトナの事情で存続させるともいえる。ルス・デル・アンデのように、すでに休眠状態だったバンドの名称を若手に譲った、というケースもあるので一概には言えないが。

※2 
ムシカ・アウトクトナとは、先住民族の農村土着の生活の中で生まれた音楽を指す。都市でつくられたムシカ・クリオージャに対する語として使われる。いまさら、の感もあるが念のため。


【アルバム・データ】
<LP>
"LOS KHANKAS / Bandoleros" (1977)
LPS 019 Campo(Bolivia)
01. PRESENTACION
02. CALNAVAL TUPICEN~O
03. INTI HUAYNA
04. LLANTO DEL OLVIDO
05. CANTO DEL MAR
06. MORENADA DEL KHANKA
07. KALLAWAYA
08. GRACIAS A LA VIDA
09. LA ENCANTABLE
10. MORENADITA
11. PEQUEN~O MANUEL
12. GRITO AYMARA
13.DESPEDITA
●このアルバム、LP盤面のレーベルには「LOS GRINGOS…BANDOLEROS」とある。実はジャケットにも「Los Gringos」と印刷されているのだが、その上から「LOS KHANKAS」というシールでグリンゴスという名前を隠しているのである。メンバー数人が外国人であること、ファブレの愛称が「グリンゴ」であったこともあってついたグループ名だったのだろうが、シールを貼るという緊急支出をしてまで名称を変更した理由はなんだったのだろうか、気になる……。実際には「グリンゴ」という言葉は、「よそ者」というニュアンスで外国人全般にも使用される言葉である。ファブレの愛称が「グリンゴ」だったのもそのためだが、辞典的な解釈で言えば、「グリンゴ」とはアメリカ(合衆国)人の蔑称として使用されるケースの方がメジャーだから……?

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