アルゼンチンが世界に誇るミサ曲……アリエル・ラミレス
2008-04-28 Mon 01:08

【 MISA CRIOLLA 】(1965)

私が高校生の頃は確かにマニアックなフォルクローレだったはず。ところが、大学を卒業する頃にはいつの間にかクラシック棚に陳列されるようになってしまった。いや、それどころか国内リリース盤が並ぶようになっていたという超出世魚だ。
アルゼンチンのアリエル・ラミレスが作曲したフォルクローレ・ミサである。ここ10数年ほどはクラシックファンからの需要がやたら多く、いつの間にか世界的名曲となってしまった。その初演盤。

いかにもラミレスらしい南米の魅力的なリズムと美しくわかりやすい旋律との融合。メインソロをつとめたロス・フロンテリーソスの歯切れ良いコーラスワークと美しい合唱団の対比。南米に住む人々の大衆音楽・民俗音楽でありながら、今までにない壮大厳粛な世界の展開。

発表当時、この作品が音楽界に与えたショックは大きく、一躍この曲は南米中に知られることになった。

●「早すぎた傑作」
そりゃあ、ショックだろう。1965(昭和40年)年である。
65年と言えば、ビートルズはまだ『4人はアイドル』(HELP!)の時代なのである。

コンセプトアルバムという概念を世界に知らしめたビートルズ 『サージェントペパーズ・ロンリーハーツ・クラブ・バンド』リリースまで、まだあと2年もある。プログレッシヴ・ロックの祖、キング・クリムゾンの『クリムゾン・キングの宮殿』発表まではあと4年。当然、南米のフォルクローレ=プログレバンドが活動を始めているわけもなく、LOS JAIVASの1stアルバムは72年まで待たねばならない。しかも本格的なプログレ活動に入るにはまだ10年もある。


ようやく欧米で世界観やコンセプト・構成を重視したプログレッシヴ・ロックが台頭してきたのが1970年頃。たしかにそれ以後、南米では欧米以上に多くの音楽家がこのジャンルの影響を受けた。ピアソラだってサグラドだっておけらだってアメンボだってみんなみんな当時の欧米プログレから生まれたと言ってよい。

フォルクローレとプログレの融合を図ったグループが続々とデビューしたのも70年代だ。アルゼンチンの
ANACURUSA、チリのCONGRESOLOS JAIVAS、ボリビアのWARAなど……。彼らの音楽は新しい表現として若者を中心に受け入れられ、都市の消費音楽として大衆化されていった。※1


5章仕立ての「ミサ・クリオージャ」、6章仕立ての「アルゼンチンのクリスマス」、いずれにしろ、独自の構想でロックに先駆けてコンセプチュアルな大衆音楽をアルゼンチンから生んだことになる。

となるとネット上に散見する「泣けるほどいい音楽です」だとか「素朴でのびやかな美しさです」だなんて感傷的な評価はこの際どうでもよくなってくるでしょ。そういった意味で『ミサ・クリオージャ』に対する世間の評価はまだまだ感覚的に過ぎるのだ。重ねて言うが、この作品、大衆音楽の世界に世界観や構築力をもたらしたという意味で、いわゆる「早すぎた傑作」なのである。※2

●偶然が生んだ傑作
さて、ここまで褒めておいて急に落とすのも何だが。
ラミレスは御大層な構築力と計算力を尽くし、意識的に世界初のコンセプトアルバムを作成しようとしたのだろうか。いや、実はこの傑作の凄さは半分は偶然の産物じゃないのか。個人的にはそう思っている。だって、このアルバムの発売までの流れは、

(1)1963年、第2バチカン公会議中、各地の現代語でのミサ曲が認可。※3
    ↓
(2)じゃあ、スペイン語で南米オリジナルのミサ曲でも作ってみるか。
    ↓
(3)ってえと、アイデンティティはフォルクローレだろうよ、やっぱり。
    ↓
(4)1965年発表。

というきわめて企画・アイデア勝負な流れなのだよ。
「キリエ」から始まり、「アニュスデイ」や「キリエ」で終わる5章仕立ての組曲。ミサ曲としてのルールそのまんまの構成なのだ。つまり、ラミレス・オリジナルの構築力というよりは、むしろ宗教音楽としてのお約束力といった方がよいのである。それゆえか、このアルバムが「コンセプト・アルバム」と見なされることはあまりなく、後世の各ジャンルへの影響も見つけがたい。そう考えると、「早すぎたコンセプト・アルバム」という評価があまりされないのも、仕方がないことなのかもしれない。

しかしだ。

だからといって、この作品の価値はこれっぱかしも減ずる訳ではない。

決してフォロワーがいなかった訳ではないのだ。世界中に広まった「コンセプト・アルバム」という考え方はビートルズらの影響だとしても、宗教音楽という大きな壁に大衆音楽の枠組みでチャレンジしようという流れが南米に生まれたのは『ミサ・クリオージャ』の影響なのである。KOLLAHUARAによる『世俗カンタータ「インディオ」』やプログレバンドCONGRESOの『ミサ・デ・ロス・アンデス』、GORIONのロック版『ミサ・クリージャ』、バカロフの『ミサ・タンゴ』、ケチュア語による『ミサ・インカイカ』……。

その源流はまさに『ミサ・クリオージャ』であり、またその時、彼らの前に立ちはだかるのも『ミサ・クリオージャ』なのである。しかもだ。まさに「シンプルかつわかりやすい」という大衆音楽のもっとも大事な点において、KOLLAHUARAにしろCONGRESOにしろ、残念ながら『クリオージャ』には全く歯が立たない。

それはそうだ。
ラミレスは明確な目標を持って「フォルクローレ」を選んだ。メロディの叙情性、各章にぴったりなリズム形式。
これらによって『ミサ・クリオージャ』各章には明快なメリハリ、ストーリー性が与えられた。欧州のミサ曲とはあまりにかけ離れた、力強く、明るい、突き抜けた魅力がこの作品に生まれたのだ。

もう一度言おう。
たとえその構築力自体がラミレスの構想力だった訳でないとしても、それは作品の評価を下げる理由には全くならない。

40数年経って、いまだ世界中の人々から愛されるにはそれなりの理由があるのだ。


●Los Fronterizos y Ariel Ramirez / "Misa Criolla"

【注】
※1
こうして大衆化されたフォルクローレの流れの中からカルカス、サビア・アンディーナといった80年代のヒットグループが誕生したのだ。今日に至る若者のポップスとしてのフォルクローレの流れはここから生まれたといってもよい。

※2
1987年のカレーラスによるレコーディング以降、世界中のクラシック・ファンにもこの曲が膾炙し絶賛されるようになった。クラシックというカテゴリーからコンサートも世界中で盛んに行われるようになった。しかし、この評価は80年代後半になってからの動きであることを忘れてはならない。評価の意味合いは時代によって異なってくるものである。ポップス、ロックが日常生活においてあたりまえになった今日、一昔前とは違って「リズム」を希求するクラシック・ファンが生まれたことが、この曲の評価の一因ではないだろうか。ヨーヨー・マが演奏して以来、ピアソラがクラシック・ファンから聴かれるようになったのと同様である。伊福部昭の80年代以降の急激な再評価やカルミナ・ブラーナのブームなどにも通底したものがあるように思われる。本文で述べたように「クラシック以外の音楽として」の発表時期における意味をもう少し評価されてもよいのではないか。

※3
カトリックの教義上、聖書やミサは絶対不可侵のものでありラテン語を翻訳することは許されなかった。古代ローマ人の言語を約2000年間もの間、意味の分からないまま、ありがたがっていた訳だ。


【アルバム・データ】
<LP>
" MISA CRIOLLA" (1965)
85512PY PHILIPS (ARGENTINA)
82039PL PHILIPS (ARGENTINA)

Solistas: Los Fronterizos
Direccion: Ariel Ramirez
MISA CRIOLLA
1. kyrie
2. gloria
3. credo
4. sanctus
5. agnus dei

NAVIDAD NUESTRA
6. la anunciacion
7. la peregrinacion
8. el nacimiento
9. los pastores
10. los reyes magos
11. la huida

<CD>
" MISA CRIOLLA"
526155-2 POLYGRAM (ARGENTINA)

●私の持っているLPはモノラルなのだが、どうもMONO盤とSTEREO盤が同時発売だったらしく、LP番号も2種類存在する。上記が85512PYがステレオ、82039PLがモノラルである。
●リイシューCDは国内のネットストアでも入手できる。しかし、大手ネットストアではかえって膨大な種類のミサ・クリオージャがあるわりにこの盤が見当たらなかったりする。

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