チャカルタヤは懐かしくも緊張するラーメン
2010-03-27 Sat 02:35

【CHACALTAYA II 】(1991)

実はラーメンのウマさが長いことわからなかった。
巷には「ラーメンのうまい店100」なんて本が溢れ、雨後のタケノコのようにラーメン屋が大量に出店し、ラーメンブームなんて呼ばれた90年代。
「本当にうまいラーメンを食ったことがないだけだ」なんていわれ、行列につきあわされたりもしたが、まったくピンとこない。

ところが、それから10数年たったある日、あるものがこの状態を打ち破った。
最大の好物、ご飯である。
幼少の時分は、ご飯ばかり食べておかずに興味を全く示さず、長じては最後の晩餐を白飯に味噌のみと決めている飯好きなのである。

ラーメン食って、ご飯。スープをすすってご飯。チャーシュー食ってご飯。
そう。ご飯と一緒に食べた時、ラーメン最高にウマい!と思えるようになったのだ。
昨日は、○○の醤油ラーメン、今日は○○の豚骨ラーメン、明日は○○のこってりらーめん。
毎日食べ続ける。
食べ続ければ食べ続けるほど、味覚の判断基準や味わい深さもわかってきてますますウマく感じる。いつのまにか、ご飯を注文しないでラーメン単品で楽しむようになっていた。お腹も少し出て……ゲホゴホゴホゲホン。

私にとってはラーメンのウマさを理解するのには「もぐもぐ。ご飯、ラーメン、もぐ。ご飯、ラーメン。ごっくん。ご飯、ラーメン」というおかずの段階が必要だったのだ。わかりにくいものを理解するようになるには、いったん好物との併せ技が必要なこともあるのである。

わかりにくいと言われる前衛的現代音楽の味わい深さを楽しめるようにしたラーメンライス的な名盤が、チャカルタヤ Chacaltaya の "CHACALTAYA II " だ。チャカルタヤは、90年代初頭、硬直化したフォルクローレ界を現代音楽からのアプローチで刷新しようとしたヘラルド・ヤニェスが率いるプロジェクトである。

●チャカルタヤに関する誤解
「はあ?あんな連中を紹介するのか?」
「変態だー」

なんていう人が大方かも。
CDでこのプロジェクトを知った方は、ほとんどそのような印象をお持ちかもしれない。
ことにドイツでリリースされたCD"MERLIN"は、無調音楽特有の鬱になりそうな展開が1時間以上つづくハードな前衛音楽っぷりで、いきなり現代音楽初心者がこんな音楽を聴いたら、即死間違いなしのスゴいアルバムだ。CD時代に入ってからチャカルタヤのアルバムは、オリジナルの他にも再編集盤やライヴ盤が何枚かリリースされている。しかし、いずれにしても91年リリースのLP "CHACALTAYA II" 全9曲のように全ての人を納得させる指向性の作品は見当たらない。

そういう意味において、このアルバムはスゴい。
他のアルバムとは目指すところと完成度が違う。
そう、ラーメンライス以外の何物でもないのだ。

M-2懐かしい70年代フォルクローレを思わせる田舎臭い女性ヴォーカルとケーナ。
M-3、フォルクローレ・ギターの2重奏なのだが、緊迫感溢れる短調のナンバー。
M-4、M-2と同様、日本人泣かせの鄙びたケーナを前面に押し出した懐かしのナンバー。
M-5、チャランゴ、ケーナをバックにヘラルド・ヤニェスが歌うオリジナル。
M-6、70年代ファンには有名な懐かしのスタンダード、El eco。
M-7、ユンガのリズムをパーカッシヴかつ静謐に。
M-8、通常アルパで演奏されるところをチャランゴに変え、もう反則並みの郷愁を誘う女性ヴォーカル。※
M-9、ヘラルド・ヤニェス、オリジナルのサヤ・カポラル。打楽器の上に彼のヴォーカル。


この中の2、4、6、8という偶数曲は、日本人にとっては実に郷愁を誘うサウンドだ。私なんか毎晩このアルバムを聴きながら、身悶えして枕を濡らし、泣きつかれて眠る始末だ。
ところが、3、5、7、9の奇数曲は、緊迫感や不安感を感じさせかねない現代音楽的アプローチ。緊迫感溢れる演奏で、こんなアルバムを聴いてると、ドキドキして眠れなくなってしまうほどだ。あれ?

こうした正反対の曲調がバラバラにならないように、「静謐さ」というスープで美味しいアルバムに味をまとめあげてある。
これはやられちゃうよ。偶数曲が目当てで、繰り返し繰り返しこのアルバムを聴いていると、聴き込まれてきて次第に奇数曲の深さ・良さがわかってきてしまう
ご飯のおかずとしてラーメンを食べていたら、ラーメンのウマさに目覚めちゃうのである。
気がついたら、「聴衆のない音楽」とまで悪口を言われていた現代音楽の虜になりかねない悪魔のアルバムなのだ。

しかも、さらにだめ押し。
アルバムの入り口、M-1だけはあえて、万人が聴きやすいようにニューエイジ・ミュージックなのだ。
ほとんど、「ダイエットに効くよ」「受験勉強にどうぞ」「安くしとくよ」って麻薬の売人レベルである。ここまで練られたアルバムなのである。

厳密に言えば、アルバムのA面最後の曲(M-5)とB面最初の曲(M-6)は、郷愁サウンドと現代音楽のハイブリッド要素が濃い。M-5は、前半こそ現代音楽的だが、後半は「伝承曲だよ」と言われれば10人中10人が信じ込んでしまうほど、美しい郷愁サウンド。M-6は、70年代ファン懐かしの名曲「こだま」El ecoがミサ曲のような荘厳なコーラスとストリングスによって紡ぎだされていく。

●1曲残らず「全きフォルクローレ」
こんな実験音楽、フォルクローレじゃない……等という方もあろうが、そもそも我々が耳にしているチャランゴやギター、ケーナという数人のコンフント形態自体がビートルズなどの影響下、1960年代にロス・ハイラスを起点に生まれた新しいスタイルに過ぎない。

そう考えてみれば、我々が通常「フォルクローレ」などと呼んでいるもの自体が実験的に生まれてきた、とも言えるのだ。

むしろ、チャカルタヤのこのアルバムは、田舎っぽさと都会性の2面性が両立するアンビバレントな社会状況が表れている点で、現実社会を表現する「現代のフォルクローレ」であるとさえいえる。ミサ曲っぽい「こだま」だって古来のアンデスの宗教とカトリック教のシンクレティズム(習合)の象徴ともいえ、これはこれで「真実に即したフォルクローレ」と言えないだろうか。少なくとも、アンデスのある側面を強烈に打ち出しているとは言える。

他のアルバムを聴いて、うんざりした方もあろうかとは思うが、黙ってこのアルバムを聴くべし。発表からすでに20年経つにも関わらず、今の適当フォルクローレよりもずっと新しく、しかも見事な根っこを見せてくれる。プログレッシヴな曲も、どこか懐かしい曲も、田舎っぽい曲も、ニューエイジな曲もどれもこれも一曲残らず、全き「フォルクローレ」である。
これを「名盤」と言わずして、どれが名盤なのだ。チャカルタヤの大傑作に今一度復権を!


●mallku ただし、この動画は別バージョン。オリジナルはビエントスをメインに据えたインスト。こんな脂ぎった俗っぽい欲の残る感じでなくて、もう少し枯れて悟りの域に到達したカンジW

【注】
※このアルバム、メンバーがまったく書いてないのだが、M-2、M-8でヴォーカルを取った女性がこのアルバムに与えたイメージの力は計り知れない。もし名前をご存知の方がいらしたら、ぜひご一報を!


【アルバム・データ】
<LP>
"CHACALTAYA II"
CL-19(1991)
MCB DISCO LANDIA (BOLIVIA)
01. MALLKU
02. JAUJA
03. FUEGO ORIENTAL
04. BALSEROS DEL TITICACA
05. CORAZON ABIERTO
06. EL ECO
07. TUSUY
08. SENTIMIENTO HUANCAINO
09. SAYA DEL POBRE
●CD化はされていない。もし中古レコード屋などで見つけたら、だまされたと思って買ってみよう。
●もし本当に「だまされた!」と思ったら、私が保存用に買い取るのでメールをください(笑)

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