『エル・インカ』がボリビア社会を動かした……ワラ
2010-08-31 Tue 00:10

【 WARA / EL INCA 】(1973)

あたし、かすみ。中学生。

幼なじみの相沢慎吾は腐れ縁でずーっと同じクラスなの。
また授業中にエロ本見ながら早弁してる。
あ、先生が。
「うっせんだよ先公、オレに指図すんのか」
あ、今度は委員長の高井美子さんが。
「ちょっと、相沢君、先生が困ってるじゃないの、やめなさいよ」
「あんだあ?メガネザルの委員長はひっこんでろ」
「気にしてるのに……ヒドいっ!しくしく」
「ちょっとー相沢、サイテー」
「ちょっとー相沢あやまりなさいよー」
「そーよそーよー」
「美子、大丈夫?」
「なんでえ、なんでえ、お前ら全部オレのせいかよ!」ガラッ
「ちょっと、美子に謝りもしないで授業中どこ行くのよ!」
「最低、あんなヤツ、ほっとけばいいのよ」
「ねーっ」

       * * * * *

「やっぱり屋上じゃん」
「……なんでえ、アホかすみ。何か用かよ」
「素直じゃないなあ、本当は一番みんなと仲良くしたいくせして」
「うるせえっ、アホかすみに何がわかるんだよ」

……知ってるよ。慎吾が小さい頃から変わらず、本当は優しいってこと。でもなぜ突然変わっちゃったの?

さて、プログレファンが皆、口をそろえていうのだ。「なぜ突然変わっちゃったの?」
ワラ WARAの2ndアルバム以降についてだ。

●傑作プログレ『EL INCA』とワラ
何せ、1stアルバム『EL INCA』は、南米プログレシッブロックの大傑作なのだ。
カルロス・ダサ操るエレキギターは重苦しく咆哮し、管弦楽団のストリングスは焦燥感を盛り上げる。ホルヘ・クロネンボルドのドラムスやオマール・レオンのベースは粘り付くような重たいリズムをあらゆるパターンで刻み付ける。ペドロ・サンヒネスのオルガンは耽美性をいやが上にも煽りまくる。ボーカルはなんと、後にグルーポ・アイマラで「SARIRI」など数々の名曲を歌うことになるナタニエル・ゴンサレスだ。LP盤が10万円はするなんて言われたのも今は昔、今や巷では300万の値がついたとか噂されるプログレマニア垂涎の世界的名盤なのだ。※1、2

ところが、多くのプログレファンにとって2ndアルバム「MAYA」以降は全てフォルクローレにしか聞こえず、大いに戸惑うらしい。ではその「なぜ」にお答えしようではないか。なぜ突然変わっちゃったの?

答え。
『EL INCA』の内容が、ワラというバンドそのものだったから。
なにっ、意味が分からないとな。
慌てない、慌てない。

ワラは、ディープ・パープルユーライア・ヒープといったブリティッシュ・ロックの影響を受けて'71年に結成されたバンドではあるが、追求したのはあくまでボリビア独自の世界観だったのである。当時のボリビアでは、インディヘナのものは全て劣ったものとされ、都市(メスティソ・クリオージョ層)的文化山岳(インディヘナ層)的文化が交わることは決してなかった。インディヘニスモの声が高まる中、若きワラのメンバーたちは、バンドの精神性を20世紀初頭の偉大なボリビア人作家の世界に求めたのだ。

●『EL INCA』の秘密
実は ' 73年にリリースされたアルバム『EL INCA』の歌詞は、アルシデス・アルゲダス Alcides Arguedas の小説『青銅の種族』 Raza de Bronce (1919)にモティーフを得て書かれたものなのである。アルシデス・アルゲダスは、弾圧されるインディオと彼らの困窮を徹底的に描いたインディヘニスモ作家だ。彼らはアルゲダスのそうした姿勢に大いに共感を得たのだろう。バンド名もアルゲダスの代表作の一つ『ワラ・ワラ』 Wara - wara (1904)から採用したものと思われる。※3、4

ここまで来れば、わかっていただけるだろうか。
1stアルバム『EL INCA』は、彼らのボリビア人としての主張があったからこその作品なのである。伝えたい独自の世界観を描き出そうとして、おどろおどろしくも哀愁漂うカッコいい傑作サウンドが生まれたのだ。

しかし、2ndアルバム以降も同じ内容というわけにはいかない。アルゲダスと『EL INCA』の理念に従うならば、インディヘナ社会とクリオージョ層社会の融和という次の段階へ行かなければ。

そこで、異なる出自社会の融和を図るため、アウトクトナ(山岳インディヘナ層の音楽)とクリオージョ音楽(都市層の音楽)をプログレッシブ・ロックの力で対等に融合させようとしたのだ。

その試みは、ワラ最大の傑作といっても過言ではない3rd「PAYA」に結実している。だから、「MAYA」「PAYA」あたりの音楽性は、紛うことなきプログレなのだ。※5

つまり、「EL INCA」のアルゲダスの精神がとなり、のちのアルバムで開花したのである。

……知ってるよ。ワラが変わらずプログレだということ、というわけだ。※6

【注】
※1
音像や各楽器のバランス、スタジオ環境など録音が極端に悪いのが難点。残念すぎる。ちなみに、このアルバムはリアレンジされ、アウトクトナパートも併せて再録音したものが、新作『Wasitat Jirisinasawa』として2001年にリリースされた。リメイクの話が持ち上がった際、『EL INCA』の完成度は再現不可能としてリーダーのカルロス・ダサはこれに断固反対。ワラを脱退し、レノバシオン・ワラ Renovacion WARA を立ち上げる騒ぎに発展している。

"Wara / Wasitat Jirisinasawa" (2001)
Deposito Legal 4-4-124-1(BOLIVIA)

※2
『EL INCA』のトップボーカルをとっていたナタニエル・ゴンサレスは1stアルバムを最後にWARAを脱退。その後、ワラの2枚目以降のアルバムにアウトクトナメンバーとして参加したクラーク・オロスコ(Charango)やルシアーノ・カジェーハス(Quena)のグルーポ・アイマラ Grupo AYMARAに参加し、2ndアルバム"Imantata"以降、アイマラのボーカリストとして80年代大活躍した。一方、WARAでは『EL INCA』でイアン・ギランみたいなハイトーンボイスでファルセット・バック・ボーカルを務めていたと思われるダンテ・ウスキアーノ(彼の名前だけはクレジットがないため、参加していない可能性もあり)が、2ndアルバムからボーカルを担当することになった。

※3
ユーライア・ヒープがディケンズの自伝的小説『デヴィット・コパフィールド』にバンド名やデビューアルバムの材を求めていたことを考えると、ユーライア・ヒープをかなり強く意識していた可能性もある。

※4
アルシデス・アルゲダスは歴史家・政治家としても活躍した人物であり、『ヤワル・フィエスタ』や『深い川』等の作品で有名なペルーの作家ホセ・マリア・アルゲーダスとは別人。

※5
ロス・ハイラス LOS JAIRAS が60年代にフランスでヒットし、ケーナやチャランゴといった楽器に市民権が与えられなかったわけではない。しかし、彼らの音楽はクリオージョの楽器やアンデス起源の楽器も併せて使用する新しいハイブリッド音楽という要素が強く、村で演奏されるようなアウトクトナの臭いや都市の社交場や酒場で演奏されるクリオージョそのままの臭いは皆無であった。こうした背景のなか、ワラの新しい姿勢と試みはボリビアで大反響を得て多くの若者の心をつかむことになったのである。以降、同時発生的に登場していたサビア・アンディーナ、チャスカスなどのニューウェイブが70年代に続々とヒットを飛ばすようになると、新しいサウンドを追求した様々なグループが追随することになる。

ワラの音楽はボリビア音楽界と社会の価値観・あり方を大きく揺るがし、ワラから派生してグルーポ・アイマラが誕生するなど、図らずも「フォルクローレ」というジャンルにも新たな息吹を与えた。

そういう意味において、単に「フォルクローレとロックを融合した先駆け」などという評価は、過小評価というよりは誤りといってもよいだろう。

※6
いや、最近のアルバムからはプログレ要素は全く伝わってこないけどね。



"EL INCA"

【アルバム・データ】
<LP>
"WARA / EL INCA" (1973)
DISCO HERIBA LP-2007(BOLIVIA)

01. EL INCA
02. REALIDAD
03. CANCION PARA UNA NIN~A TRISTE
04. WARA
05. KENKO

<CD>
"WARA / EL INCA"
Revista "Arte & Rock" SAMPLER NO18

"WARA / EL INCA" (2001)
DISCO HERIBA CD 513(BOLIVIA)

●73年のLP盤はインディーズからのリリースという話もまことしやかに流れていたが、ボリビアのメジャーレーベルHERIBAからのリリース。2008年にイタリアのレーベルMANDRAXが限定400枚でアナログ再リリースしたのだが、残念ながらマスターではなくカセットからの起こしだとか。しかも、こともあろうか曲を最後まで収録せずにフェードアウトしていく構成になっているとか。

●ユーライア・ヒープをはじめとした当時の欧米の音源と比較するまでもなく、録音そのものがかなり悪いのは一聴瞭然(?)なのだが、プログレファンの間に出回っている"SAMPLER"と書かれた復刻CD(海賊盤?)は、ノイズリダクションのせいで音が常時くぐもり、音像の安定性が悪い箇所があったりする。ボリビアのHERIBAレーベルからリリースされたCDはリマスターを施した正規盤ということもあり、やや軽くてフラットな印象も受けるが、過剰なノイズリダクションやイコライジング修正を施していない。後のメタルに受け継がれる低音バンドサウンド中に高音のボーカルが伸びるという構成を考えると、どちらが良いかは一長一短。


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